two seconds ago

本心と名目と2秒前



 薄暗い部屋でぼんやり眠気に攫われかけていた意識が俄かに覚醒したのは、腕を回して抱きこめている相手がいることを思い出したからであった。体重をかけてしまったかもしれないと思い至り、慌てて"その辺り"を手で探ってみたところで漸く自身とは異なる感触があり、クーラーの送風音に混じって聞こえてくる微かな呼吸音に安堵する。
 「まだ眠ってなかったんですか」
 やや不機嫌な声が"その辺り"からしてきてアメリカは乾いた喉を引き攣らせて「うん」と短く答えた。ゆっくり目を開くと、腕の中に小さく収まっている日本が障子からの外灯の薄明かりによって柔らかく照らされているのが見えた。居心地が悪そうにごそごそと身じろぎをして回している腕を払い除けるよう態度で訴えてきたが気付かないふりをした。
 「ねぇ、日本」
 指先で背中を撫でながら(こういう時浴衣の生地はするすると指を滑るのでアメリカは気に入っている)覚醒しきれない頭でぼんやり呟く。殊に議論したい話題があるわけではなかったのでとろとろと無言のまま、腕を退かせることは諦めた様子の日本を眺めていると「何ですか」とやや冷たく促された。
 「俺と初めて会ったときのこと、覚えてるかい?」
 「おや、忘れても宜しいですか?」
 日本がこうしていじわるな返答をしてくる時は大抵微かに不機嫌な時だ。はっきりとイラだっている時は表情は判じづらくとも声の調子でわかってしまうし静かな怒りは腹の中に溜め込んで決して表に出してくることはない。(経験した中で言えることは最も恐ろしいのは後者が爆発した時で、叶うならば今後その攻撃が自分に向かないことを願っている)良いニュースは分かりづらい日本の不機嫌を判別できるようになったこと、悪いニュースはだからといって対処法がある訳ではないことだ。
 「何故今更そのような昔話を?」
 アメリカの返答を待たずに日本が質問を重ねる。
 「理由はないよ」
 正直に答えると自分から聞いてきたというのに日本は興味無さそうにふぅんと鼻を鳴らした。
 「……日本はさ、どうして俺に開国してくれたんだい?」
 見返してきた日本に「理由はないけど」と付け加えてアメリカは愈々冴えてきた目を擦った。
 「必要性に駆られて……です。鎖国をしていたとは言え当時の世界の状況はオランダさんから聞いておりましたので、近代化は避けられぬものだろうと……」
 「そうじゃない」
 アメリカの言葉に遮られて日本は言葉を切る。アメリカはもう一度「そうじゃない」と主張しながらのろのろと上半身を起こした。
 「なんでロシアでもイギリスでもなく日本が俺を選んだかが聞きたかったの」
 日本は寝転んだままアメリカを見上げ、何の感慨も無くため息のような曖昧な返事をした。
 アメリカが言葉を挟まずじっと日本を眺めているとそれまで続いていたクーラーの音が途切れた。同時に障子の外で鳴く虫の音が微かに聞こえてくる。
 「消去法……でしたかね」
 抑揚の無い静かな日本の声を聞きながらアメリカは目を逸らさずに動かずに表情も変えずに淡々と同じ布団にいる小さな男を見下ろす。
 「貴方は強引で、無礼で、……当初の心証は悪いばかりでしたのでね。対照的にロシアさんは当時熱心で且つ紳士的でしたから、一時はロシアさんに決めようとしたんですよ。まぁ……北方の方々からロシアさんの本性を教えられ、ロシアだけはヤメろと説得されたので候補から消しました。イギリスさんとは過去のことで交渉の余地も無いほどに上層部が憤慨していましてね、彼は候補にすら入っていなかった」
 「だから、仕方なく?」
 「そんなところです」
 笑いもせず悪びれもしない日本の言葉を聞きながらアメリカはそれが真実かどうかを計りかねていた。
 日本は嘘つきではない。その代わりに真実のみを話す訳でもない。本心を名目で隠すのは彼の十八番で、嘘は一つとしてないのにこちらは騙されてしまうのだ。厄介なのは日本がそうするのは"たまに"であり平生の彼は正直者ということである。(見抜けないだけで常にそうしている可能性も否めないが)だからアメリカは日本の言葉に対し多少なりとも疑心暗鬼にならざるを得なかった。昨日は雨が降った、などの話題ならばここまで疑うこともなかっただろう、しかし理由もなく始めた会話は覚醒する毎にアメリカは名目であって欲しいと思っていた。
 「俺が日本と友達になろうと思ったのは、上司に言われたからなんだぞ」
 「知ってます」
 同じく突き放した言葉、しかし真実を話してみるも日本の態度は変わらず恬淡としたもので憮然としたのはアメリカの方だった。下にズレながら寝転んで日本と顔の高さを合わせる。視線を逸らせて仰向けになると暗い天井が木目まではっきり見えた。
 「……嘘。嘘はついてないけど、嘘」
 唇を尖らせてアメリカが呟く。返事はないが、構わずに続けた。
 「上司のことは本当。だけど本当に君と友達になりたいって思ったのは君を船に招待した時だぞ。君はもう覚えてないかもしれないけど、俺は今でも忘れられないんだ。それまで怯えたような目や迷惑そうな態度しか見せてくれなかった君がさ、上船するなり目を輝かせてキョロキョロとし始めるんだ。多分あの頃の君には目新しいものばかりだったからだろうけど、付き添いの大阪がビックリしてたぐらい凄い興奮しちゃって、すぐに船の備品や大砲に触ろうとするしあちこち観察しようとするしでさ、……初めて会ってから一寸たりと近づこうとしてこなかったくせにその日になって初めて翻訳を通さずに話しかけてきたんだよ、俺に。何を言っていたのか当時の俺にはサッパリわかんなかったんだけどね、その時の君が何か楽しそうでさ見てるこっちが嬉しくなるような笑顔するもんだから……あの時に上司関係なく君と仲良くなりたいって思ったんだ」
 話す途中からアメリカは自分だけが好意を見せているようで少し苛々としてきていた。さっさと寝てしまったほうが良いと判断してチクチクと怒りが吹き出るのを抑えながら目を瞑る。
 「……私が、アナタと友人になれて良かったと思ったのはどの時点でだと思いますか」
 「さぁ」
 日本の声が間近に聞こえたがアメリカは目を瞑ったままに相槌をうつだけだった。誠意を尽くした言葉に嬉しい回答をくれるだろうかという期待もあったがとろとろと睡魔も降ってきた。このまま寝てしまうのが得策だろうと静かに息をする。
 「つい2秒前、ですよ。それまでは少しだけ後悔していました」
 反射的に目を開いて寝返りをうつとサスケハナ号で見た時の表情をした日本が笑っていた。
 「騙されやすい人ですねぇ、あなた」
 「もうっ、全く、君って奴は! まったく!」
 ぎゅっと抱きつきながら頬を膨らませて混ざった不満と高鳴る感情を叫ぶ。楽しそうに笑う日本を見ているとやがてクーラーが活動を再開する音が聞こえてきた。





アトガキ
長いセリフをべらべらと話させるの好きです。
政治や外交の場ではアメリカも本心を隠して名目をしれっと話すこともあるんだよ、ちゃんと。ただ日常生活では嘘つけなくて、相手にも建前でなく本心を話してくれることを望むので「日常生活でこそ本心隠すんだろ恥ずかしいわJK!!」という日本にはそれがとても苦手という話でした。
何か臆病菊さん多いねこのサイト。初っ端日本が不機嫌なのはメリカがまた勝手に家上がりこんで強引に泊まってくからだよ。


どうでもいいが友達友達言うてるけど一緒の布団でギュッギュして寝るのは友達の域じゃない。
米日がほのぼのぎゅっぎゅしてる話書くの楽しいです。