Militarism

百年兵を養うは




 迷彩服にベレー帽、背には大仰なライフルを背負った人物が二人足並みを揃えて会議室に入ってきた時は一瞬だけ動揺と困惑を周囲に与えたが大方は自然に霧散した。ああ、またか。いくつか国はそうため息を吐く。先ほどの格好が常態であるスイスはともかくとして、日本まで感化されているのは前回に一度見ている。大方また武装中立のノウハウを叩き込まれたのだろう。国民皆兵、資産運用、敵性国家、普段の日本からはまず出てこないような単語が回っている。
 「またかよ……おっかねぇーの」
 円卓に肘をつきながらフランスが呟く。隣のスペインも日本の変化を歓迎しているとは言い難い表情で何度も頷いた。プレゼンの準備を始めているアメリカは露骨に表情を険しくさせたが開始時間が迫っていることもあってか何も言わなかった。

 不穏分子が混じっただけで普段の混迷する会議は更なるカオスに落ち込むものなのか、ドイツはこれはこれで面白いとレジュメの端にメモをしておいた。発言を促されるまで自ら発言を控える性質は日本のままらしい。それまでだんまりを決め込んでいたがいざ水を向けられて発した言葉が「拒否する」だ。眉間に皺を寄せた険しい表情で頑なにアメリカの提案を却下していく。
 「それは私にとても利益があるとは到底思えない。決行したとしてそれが水質改善に繋がるのは気持ち程度でしかない。海底に沈む昔の軍艦を根こそぎ引き揚げ油の垂れ流しを差し止めた方がよっぽど効果はあるだろう」
 グウの音も出ない正論で突き刺されアメリカの機嫌が急降下していく。幼児のように顔を赤くして頬を膨らませているが日本は見ようともしない。
 「さて、これで案件は出尽くしたな。三〇分早いが話し合うことがなくなった以上会議を続行する意味もないだろう。私は失礼させてもらう」
 日本が机上のレジュメや筆記用具をテキパキと無駄のない動作で鞄に戻していく。パチンと音をたてて留め金を閉じて立ち上がった。唖然とする周囲を一瞥しお辞儀(普段の恭しいものとはハッキリと違う軍人然とした厳しいものだ)だけ済ますとスイスを連れたって歩いていってしまった。音を立ててドアが閉まるとアメリカの泣き声とも慟哭ともつかない叫び声がぎゃあぎゃあと聞こえてきた。

 ワックスの効いたリノリウムの廊下を軍靴を慣らしながら二人が歩いていく。窓辺の陽光を一身に浴びた赤いベゴニアやその向こうに設置された噴水のキラキラと舞う水滴には目もくれずつかつかと進んでいく。
 この建物にはもう用事がないのだ。
 まさに会議に出席するためだけに訪れたのであり風景を楽しんだり他国と馴れ合うつもりも毛頭ない。この後はスイス邸へ帰る以外の予定もないが、だからといって寄り道をするでもない。人嫌いもとい国嫌いの引き篭もり二国が故に無駄を嫌う。波長がぴったり合っているがせいで余計な提案も出てこないのだ。
 「表に車を寄越してある。日本、帰国はいつであるか?」
 「明日の昼の便出発する予定だ」
 「勿論今日も泊まっていくであろう? リヒテンもまだお前と話したいことがあるらしい」
 「有り難いお言葉、感謝する」
 玄関ホールを横切って上部にステンドグラスの施された両開きの扉を開けると正面玄関に出た。ステップの向こうに黒塗りの車が待機している。運転手は二人の姿を確認すると運転席から降りて後部座席の扉を開けた。よく訓練されている、そんな風にスイスが満足していると背後で玄関扉が派手な音をたてて開いた。瞬時に慣れた動作でストラップを引いて背負ったライフルのグリップを掴み銃身を定めながら半身を翻す。
 「日本! 君ってばひどいじゃないかぁ! またスイスに感化されたんだな!」
 なんだ、アメリカか。スイスは照準をアメリカの額に定めながらコッキングレバーを引いた。ガチャンと音が鳴って薬莢が装填された。
 「こんにちは。急ぎなので用件を手早く述べてもらおう」
 対して日本は反応が遅れている。背負った銃も使おうという素振りも見せず振り返った。悠長に挨拶などしている。安全装置を解除してフルオートにダイヤルを合わせた。
 「怖い日本は嫌なんだぞ! 早く元に戻ってくれよ! ……っていうかさっきから着々と射撃の準備しないでくれないかなスイス!」
 怖いんだぞ! そう叫ぶアメリカには見向きもせず日本は銃口の前に右腕を上げて制した。
 「銃を下ろして」
 「……」
 「アメリカさん、まずは貴方がその左手に触っている腰の拳銃から手を離さないことには照準は貴方に合わさったままだそうだ」
 「あは、バレてたかい?」
 自然な所作で伸ばしていた左手を離す。些細な悪戯を指摘されたような悪びれない表情で舌を出した。それだけ確認してスイスは剣呑な目つきはアメリカを刺したまま銃身を下へ向ける。
 「さて、用件は……そう、確か私に以前の様に戻れとの要求だったな。答えは『メリットがあるならば検討する』以上だ。また後日アポを取って私を納得させに来るといい」
 返事を聞くこともなく日本は踵を返してステップに足をかける。スイスも安全装置をオンにしてライフルを背に掛け直しひどく緊張した面持ちの運転手の方へ歩き出した。
 車へ乗り込んで運転手に指示を出すとやがてスイス邸へ向けて発車する。窓越しに振り向くとアメリカが拗ねたような表情でこちらを睨んでいた。

 「日本、さっきの対応は何であるか」
 ライフルを膝に乗せ、のんびり窓の外を眺めていた日本が視線をスイスに向ける。苛苛と肺が刺されるような感情が忌々しくてスイスは眉を潜めた。
 「先ほどの、アメリカさんに対してか」
 「そうである。お前は迎撃の態勢もとらず、あまつさえ反応も鈍重であった。それにあやつが銃の用意をしていたとしてもあの状態なら確実に我輩が撃つ方が早い。説明してもらおう」
 「……先ず扉から出てきたということは建物内にいた人物であったこと。警備は厳重なのでテロリスト等危害を加える目的の者は室内には入れないと踏んだから火急的な迎撃も必要なしと判断した」
 ベレー帽を脱いで日本が淡々と抑揚のない声で言う。
 「では何故我輩を止めた」
 「一発撃つにもお金はかかる。それに銃はやたら滅多に使用するものではない」
 日本は帽子をライフルの上に置いてその上を撫でた。黒い目でスイスをちらりと見上げ唇を歪ませて笑った。
 「『百年兵を養うは、ただ平和を護らんがためである』というのはウチの昔の上司の言葉だ。私は戦争する為に軍隊を持っているわけではない。同様にこの銃も撃つためのものではない……若い人は血の気が多すぎるな」
 「……このタヌキめが」
 舌を打って顔を背ける。窓の外の景色は住宅地の並ぶ郊外へと移っていた。
 どうやら日本を軍事化させると同時に彼の中にある要らぬものまで呼び醒ましてしまったらしい。強かで狡猾、そうでもなければあの広い土地と海上の国境線は防衛できないのだろう。スイスは目蓋を閉じて考えることをやめた。








アトガキ
因みにスイス化した日本の日本海防衛戦略は、お隣さんからミサイルが飛んできたら水泳のK島が日本海を泳いでその背に乗ったM伏がハンマーで迎撃することになってるよ!(゚∀゚)www
日本の喋り方に敬語を抜くととんでもなく難しくなることを知りました……。百年〜云々はかの56さんのお言葉です。

『スイス×日本 スイス化した日本が、スイスよりも上司になってしまったら〜』でした!
上司……ではないなコレ…スミマセヌ。あとリヒも都合上出せませんでしたorz
リクエストありがとうございましたー!