Feld grau

フィールドグレー



 ドイツさんの軍服は、格好良い。
 何とはいっても一流のデザイナーに作らせたというのだから細部にまでその精巧なデザインが光っている。他と似たような形をしているように見えるのに他国のものと比べてみれば実に違う。頭1つも2つも抜きん出てシャープな印象がある。あの黒く生地のかっちりした感じと光る襟章、腰に提げた短剣、丸い銀の飾りがついたベルト。特にあのSS部隊の帽子やタイピンその他の位置に輝く髑髏マークに心を惹かれて止まない。銀釦の並んだ黒コートが風に靡き、翻る姿は特に長身のドイツさんが着るとそのシルエットに映えた。そして軍帽、ここにもデザイナーの細工が施されておりその魅力を引き立たせていた。鍔が斜めになっているのだ。これを目深に被れば片目が黒い鍔に隠れ余計にミステリアスともいえる魅力を醸していた。とにかく計算され尽した美しさを持っていた。
 だから昔は制服姿でドイツさんの横に並ぶのは心苦しいと思っていた。自分の家のものがどうしても寸胴さをアピールしているだけに思えてしまうからだった。スタイリッシュなドイツさんの隣に立つのが非道く恐ろしかった。それでいて、あの制服を着こなすスタイルの良さに惚れ惚れしたのを覚えている。歴史や政治的なものをすっ飛ばしてやはりあの制服は魅力的だった。

 「本日はお招きありがとうございます」
 大通りの傍らに設けられたテントの中で日本はうずうずと体を揺らしながら私物のデジタルカメラを確認する。大きなパレードがあるので是非、と誘われた時は二つ返事で了承し旅の支度を調えた。デジタルカメラのメモリーは勿論一番容量の大きいものと予備を用意して巾着袋の中に丁寧に入れた。
 傍らに立つドイツは優しく青い瞳を細めて日本を見下ろした。そしてすぐに周囲に部下でも知り合いでもいたのか、慌てて硬い表情に戻して「うむ、」と頷く。
 目の前をマーチングバンドがゆっくり通過していく。グラデーションがかった青空に輝く金管がよく映えている。鮮やかな青と黒のユニフォームを着た列を写真に収めて日本は満足げに微笑んだ。雄雄しい『双頭の鷲の旗の下に』を聞きながら日本はもう一度カメラを構えた。
 「今日はどういった方々が出演なさるんですか?」
 「ああ、まぁ……そうだな、高校のチアリーダーとかもいるしどこかの企業がアピールもしにくるし……千差万別だな」
 貰ったパンフレットに視線を落としたが日本はすぐに諦めた。ドイツ語が読めない。
 「それからうちの陸軍が行進にくると言っていたな……確か日本は今の軍服見るの初めてだったか」
 「あ、はい! 楽しみです!」
 勇壮なマーチングバンドを見送って日本は次の団体へと目を向けた。道の向こうでは集まった人々が手にしているドイツの国旗が個々にはためいている。
 「来たぞ。アレだな」
 そういって指差す先からライフルを背負った灰色の集団がきびきび歩いてきているのが見えた。大きな国章入りの国旗を先頭にグリーンベレーを被った男達が足並みを揃えて歩いてくる。ざっ、ざっ、という足音が徐々に近づいてきた。
 「え……え?」
 日本はシャッターを切るのも忘れてその軍団を眺めていた。ニューロンがお休みしてシナプスが迷子になっている。固まった愛想笑いを浮かべながら首だけが動く。
 「……え? デザイン、……お、大きく変えられたんですね…は、灰色ですか」
 ぼんやりした灰色のジャケットに黒いズボン、グリーンのベレー帽、白いベルト。日本は自分の色覚機能がおかしくなったのだろうと目を擦ってもう一度見た。おかしいのは現実の方だった。
 「フェルトグラウ、灰土色だな。……日本、おい」
 揃った軍靴の音を聞きながら日本は見るからに落胆していた。今目の前を通っている人たちだって悪くない。きっと前知識も何も無く目の前に現れたら格好良いと感じただろう。無意識に髑髏師団の精悍なイメージと比べてしまうのが悪いのであってこのねずみ色は悪くない。
 「いえ、はい。何でもないです……脳みそを現実仕様に切り換えをしているところです……」
 そう、悪くない。現実は悪くない。暗示を掛けるように繰り返す。あの何とも言い難いフェルト何とかいう色もきっと黒を背景にすれば格好よい筈だ。
 「そうか……立ち直ったら言うように」
 「はい……」
 ドイツは少しの間逡巡する素振りを見せたが日本の背を軽く叩いただけだった。現実に引っ張り上げてくることも理想の世界に引き篭もるのを薦めることもできただろうがドイツは何も言わず腕を組んで日本の横に立つ。
 日本の目の前を軍服姿の男達が並んで通過していく。鼓笛隊が到着するまで彼が回復することは無かった。
 映画はTが良すぎると必ずUはTと比較されるように軍服のデザインですら同じようなことが起こるんだなぁとカメラをぎゅっと握って日本はぶつぶつ考えていた。





アトガキ
もうね、ただ単にドイツの軍服語りたいだけだろって感じですが。髑髏かっこいいよね髑髏!

『独日 WWU時代の軍服好きな日本が現代ドイツの軍服に凹む話』でした!
リクエストありがとうございます!
あの時代のかっこよさは異常。