dependence

依存症




 「ドイツー! ドイツー! 日本の元気が無いよぅ助けてええええええ!!!!!」
 戦時中でもないのに緊急でかかってきた電話の向こうから情けない絶叫が聞こえてきてドイツは持っていたペンを放り投げた。確か日本はイタリアの家を観光していると聞いたがまた感化されてにぽーん化したというのか、イタリアの慌てぶりから察するにそれはない。飯に中ったか食いすぎか、悲鳴のような一言しか聞いていないので推測するにも材料不足だ。ドイツは家に常備している置き薬を片っ端から鞄に詰め込んで家を出た。


 「イタリアちゃん大丈夫か!」
 違う兄さん容態が悪いのはイタリアじゃない。ドイツは訂正しようかと思ったがドアを開けてずかずかとイタリア宅に侵入していく兄に何も言葉はかけなかった。車を出そうとした時、庭で犬と遊んでいたプロイセンに遭遇したはいいがイタリアの単語に自分もついていくと言い張り本当についてきてしまった。
 「ドイツー! こっちだよ! こっちー!」
 ヴェーヴェーと鳴く声を頼りに(兄がさっさと進んでくれるので後をついていくだけでいいが)階段を上がりゲストルームへ入るとイタリアが飛びついてきた。窓際に置かれたベッドにはハーフパンツ姿の日本が座っている。
 「え? え、ちょ、お二人とも……どうしました?」
 驚いた顔をしてドイツとプロイセンの顔を交互に見る日本は肌の色良好、背筋は真っ直ぐ、キチンと足はそろえられ至って健康に見える。
 「何でお前がイタリアちゃん家に泊まってんだよ!」
 「いや観光に……痛いです」
 ぽこんぽこんと頭から蒸気を出すプロイセンが日本を小突いている。苦情は口に出すものの動く気もないらしい日本の頭がふらふら揺れた。ドイツはそんな兄の無法をやんわりと腕で制して腰に巻きついてヘタレた声を挙げるイタリアをひっぺがす。
 「ああ、ドイツさんこんにちは」
 ドイツの姿を確認して、日本は立ち上がり会釈ではなくハグを受け入れるように腕をあげた。少し背を屈めて挨拶すると当たり前のことのようにハグを返してきた。成る程イタリア化レベルは10段階の2か3といったところか。(積極的にはハグをしてこないので5以下)多少は染まっているらしい。
 「日本、どこか痛いところや具合の悪いところはないか?」
 え? きょとんと声を挙げて日本がドイツを見上げる。全く見当がつかないとでもいったところか、左手でイタリアの頭を引っつかんだ。向こうでプロイセンが何か喚いているが無視をする。
 「おいコライタリアァ……納得がいくまで説明してもらおうか?」
 「ヴェエエエエエエエエエエ!!! ドイツ怖い! 違うよ本当に日本元気ないんだよ!」
 「見たところ通常とかわらんではないか。具体的根拠となるものを30秒で述べろ」
 引っつかんだ頭を左右に振ってみる。断末魔に似た悲鳴もそれに合わせて揺れた。日本は立ち位置が全くつかめないらしくおろおろと手を浮かせたり引っ込めたりと繰り返していた。
 「だって、だってさ! 日本、今朝の朝ごはん残したんだよ! そこの坂にあるパン屋のクリームパンおいしいのに、日本が残したんだよ! もう食べれないって! 一昨日は絶賛してもりもり食べてたのに!」
 ドイツは首だけを回して日本を見た。真偽を尋ねてみると頷かれる。
 「……マジで!」
 ベッドによじ登っていたプロイセンが驚いている。その声に驚いて日本が振り返った。成る程、自覚症状はないらしい。
 「よし、日本一旦俺の家に来い。先ずはCTとMRIを撮って詳しく診察しよう」
 「え゙? いや、いいですよそんな! 私健康そのものですって」
 「嘘は良くないよー。日本がご飯食べないなんて今まで無かったじゃん、どっか悪い証拠だよー」
 イタリアが手やら腕やら振ってよくわからないジェスチャーをしながら日本に抱きつく。いつの間にか頭を掴んでいた手を振り解かれていたらしい。逃げる時だけは無駄に俊足を発揮する。
 「ご飯? ……あー……アー」
 日本がくるりと部屋を見回すとさっと顔色が悪くなった。
 「あああああぁぁぁぁぁ……」
 顔を覆ってその場にしゃがみ込む。何だ、急に病状が悪化したか。さすがのプロイセンも異常を察知したらしくベッドのスプリングで遊ぶのをやめた。
 「日本? にほん?」
 余計涙声になってイタリアが心配そうに日本の背を摩る。日本は顔を覆ったまま首を左右に振った。
 「すみません、本当そんな大事じゃないんです。我侭みたいなもので、お恥ずかしい」
 「わがままだと?」
 「えぇ、……イタリア君。少しお願いが」
 「何? 俺日本がよくなるなら何でもお願い聞くよー?」



 ミラノ駅からすぐの広場の裏手に日本が指定した店があった。さほど大きくは無い個人料理店だ。料理は全て日本が注文していく。少し元気を取り戻したような日本にイタリアは少しの安堵感を覚えた。
 ランチ時にはまだ少し早いせいか客はまばらだ。ドイツは興味深そうに調味料や辺りの観察を始める。頭の中のメモを増やしているのだろう。プロイセンはよくわからないが何か笑っていた。
 「飯が食べれない、と言っていたのにそれが飯屋に来て治るものなのか?」
 理解ができない、とドイツが片眉をあげた。
 「ええ、ですからワガママみたいなもの、なんです」
 どことなく嬉しそうに日本が小さく笑う。有名な観光地を案内する時と似たような表情をしていた。
 「何だぁこの緑のどろっとした調味料」
 「ああプロイセンさんそれはそっとしておいた方が」
 傍らに置かれた瓶を眺めていたプロイセンは日本の制止を無視してそれを指につけて舐めた。
 舐めた途端に顔を歪めてその場で声にならない悲鳴をあげながらガタガタ悶絶始めた。びっくりしてイタリアが日本に抱きつく。ドイツはそんな兄の姿を見て冷静にミネラルウォーターを差し出した。
 「ヴェー……プロイセン、どうしたの?」
 「てめぇぇぇぇぇワサビならワサビと言えこのジジイ! 大量すぎてわからなかっただろうが!」
 目に涙を浮かべてえぐえぐ言いながら水を飲むプロイセンを今度は日本が無視して運ばれてくる料理を皿に並べた。
 寿司、天ぷら、豆腐、ごはんの入った茶碗に味噌汁……その他、日本の家で見たことがある料理が並んでいる。
 「ああ……久しぶりのこの醤油の味……! 味噌……!」
 一口食べて日本の表情が綻んだ。おいしいものを食べてるときの日本の表情は作り手にはこれ以上ない幸福になる。初めてパスタを日本に振舞った時の事を思い出した。
 「あぁ、すみません。一人で興奮してしまって」
 「いや、それは構わないんだが……食欲が回復したのか? 日本料理で?」
 ドイツは首を捻って並べられた料理を眺めている。きっと成分がどうとかなんとか中枢がどうとか考えてるのだろう。
 「あー……その、私……何というか日本の味から一週間前後離れると依存症状のようなものを起こしてしまうんです。今までは外国に長期滞在する時は醤油を持ち歩いていたのですが今回忘れてしまって」
 「ふむ……そんな体質があるのか」
 「お恥ずかしい限りで……スミマセン、わざわざ来ていただいて」
 「元気ならそれで良いんだ」
 「そうだよー、俺も日本が元気になってくれてほっとしたぁー」
 そう言うと日本は照れたようにありがとうございますと言って笑った。








アトガキ
皆さん、一週間以上の海外旅行に行くときは必ず醤油とか味噌を持ち歩きましょう。本当に日本食依存症が出ます。

『日と伊 カプでもコンビでも、他国を振り回す二人』でした。リクエストありがとうございます!
日と伊、というより枢軸っぽくなってしまった……。
イタリア化レベルは一ヶ月でMAX10になるよう設定されています。