surprise ring

君に指輪



 家畜の羊が牧歌的な空気を振りまきながら広大な草原の上でのんびりと草を食んでいる。
 17世紀に流行ったという古典式な石造りの階段をのろのろと上りながらアメリカは眼鏡を指で摺り上げる。見上げれば真っ青なスカイブルーとハチミツ色をした建物が聳えている。わざわざ田舎の土地を買い付けてイギリスの趣味を全開にして作った家というのは知っているが毎度毎度この典型的イギリス風な古臭くて色味の足りないデザインには気が滅入る。古ければ良い、と勘違いしているのではないかと思う。
 テラスから眺める草原は青々と光っている。前庭がこれだけ質素なのに裏庭にはごちゃごちゃと薔薇だの何だのと設置された御自慢の庭園があるのだから贅沢なものだ。ああいった整然とした華美はどうにも受け入れられない。あくびをしながら正面玄関の扉を開ける。開けた瞬間帰りたくなったがぐっと堪えた。大理石の象嵌でできた床に行儀良く並ぶ高い柱、どうせ昔外国から奪ってきたのであろう彫像が壁に嵌め込まれてこちらを見ている。イギリスは毎日鼻歌でも歌いながらこの玄関を通るのかと思うと趣味が悪すぎて気持ちが悪い。呼ばれたとはいえイギリスの家に立ち寄った自分を後悔しながら奥の扉を進み、階段を昇る。壁面に並んだ紳士淑女聖人天使の絵画はもう見ないことにした。そこからまた長い廊下を突き進んでこれまた古臭い木製のドアの前に立つ。施錠はされていないようでノブを回せばすぐに開いた。
 「なんだ、遅かったじゃねぇか」
 ベッドに腰掛けた家主が高慢な歓迎の言葉でじろりと睨んできた。中心がオレンジがかったライトグリーンはなかなか綺麗な色をしているのにその上の太い眉毛が全てをぶち壊しているように思う。あと性格も大きなマイナス要素だ。
 この部屋はパステルの水色と白で統一された主寝室だ。ツタ模様と花が描かれた壁紙、ベッドに背を向けるように置かれた二人掛け用ソファ、これまた昔に流行した型の丸い天蓋付きベッド、壁の暖炉に絨毯、カーテンと気味が悪い程に気合の入ったデザインをしている。
 「君がこんなド田舎に家を建てるから悪いんだろ。俺の車が羊くさくなったらどうしてくれるんだい」
 「ハンバーガーくせぇのよりマシだろ。バカ」
 しれっと悪態付きで返されてアメリカは反論するのをやめた。何を愚痴ってみたところで皮肉で返されるのは目に見えている。
 客人が来たというのにイギリスは茶の一つ用意しようとも、それどころかベッドの上から動こうとも思っていないようだった。広いキングサイズのベッドのシーツが歪んでいる。ベッドメイクはちまちまやるタイプだというのに珍しい、と角度を変えて覗いてみると人が一人横になっていた。横向きに丸くなって目を瞑っているのが見える。
 「日本じゃないか」
 イギリスの影になっているがベッドの上で小さくなっている人物はわかった。普段着の民族衣装を着てすっかり熟睡している。
 「最初っから時差ボケでフラフラしてたんだが、こっち着いた途端寝ちまったんだよ。大変だったんだぞここまで運ぶの」
 「時差ボケ? 何だいそれおいしいのかい?」
 「……若いっていいよなー」
 説明する気もないといったようにイギリスが鼻を鳴らした。
 アメリカは兄の態度も気にせず大股に部屋を横切って窓際のふかふかしたリクライニングチェアに腰掛けた。先ほどの位置よりも日本の姿が(背中側だが)よく見える。
 「で、何だって忙しくフランスの家で仕事してた俺を呼んだんだい? 日本の寝顔でも見せたかったわけ?」
 「お前に見せてどうすんだ」
 そういってやっとイギリスはベッドから降りた。小さい箱をポケットに捻じ込んみながらつかつかと回り込みソファに座る。靴をはいたままの足を片方の肘掛に乗せた。反対側の肘掛には頭を乗せて胸の上で手を組む。日本が起きていたら行儀が悪い! と烈火の如く怒られそうな姿勢だ。
 「頼まれたもん揃ったからだよ。おら持ってけ。」
 手だけ伸ばして小テーブルのファイルを引き摺り取って、そのままアメリカに投げつけた。紳士とは何たるかなどと先週語ってきたのと同一人物とは到底考えたくないだらけっぷりだ。カッコつけてる時と気を抜いている時で落差がありすぎる。
 投げられたファイルの中身を確認すると数枚の書類があった。倉庫番号のみを羅列したものや暗号化されたコードが並んでいる。
 「意味が全くわからないよ……MI6は不親切だな」
 「当たり前だろ。帰ったら御自慢のFBI暗号解読班にでも持ってけ」
 はいはい、と尊大な態度も流してファイルを鞄の中に突っ込んだ。
 「用事はもう無ぇだろ。帰れ。後日本が俺ん家居る間は連絡してくんなよ」
 「言うと思った。全く君は薄情で勝手な奴だな」
 「うるせぇ。お前だってこないだ人のこと呼びつけといてワケのわからん映画押し付けてきただろーが! 帰って見たがあれクソ面白くなかったぞ」
 「君のセンスが悪いだけだよ」
 アメリカはイギリスから目を逸らした。イギリスが言うように確かにもうここに用事がない。だが呼び出されるがままに来てものの十分で帰るというのも癪に障る。視線を逸らした先では日本が寝返りをうっていた。
 「……ん? 珍しいな」
 ふと日本の指に指輪がはまっているのに気付いて首を傾げる。日本は指輪ネックレス、その他装飾品をはりきってオシャレする時以外、普段はあまりつけない傾向がある。特にこんな和装の時は尚更だ。
 もう一度イギリスに視線を戻す。ポケットからはみ出た小さな箱が見えた。あの形状、大きさのものは見当がつく。脳がそれに思い当たって、アメリカはしそ味のコーラを飲んだときのように顔を歪めた。
 「うわ、気持ち悪っ……イギリス、そのサプライズはどうかと思うぞ。ケーキに入れてくれるマンハッタンの店教えようかい?」
 一瞬イギリスは何のことを言われているのかわからなかったようで片眉を上げて訝しそうにアメリカを眺めていたがじきに意味を理解したらしい。ポケットから箱を引き出してきた。
 「いらねぇよ。つかお前ん家のサプライズが派手すぎるだけだろうが! 何だよ道路標識に『結婚して!』とか表示させるとか生放送中にアナウンサーがプロポーズだとか、どうせお祭り騒ぎしたいだけだろ!」
 「ひどいな君は! そういう君こそどうせロマンチックにどうこうとかさっむい計画してるんだろ、鳥肌たちそうだよ!」
 「るっせぇうるっせぇ! お前の大声は響くんだよ、さっさと帰れ! 日本が起きちまうだろうが」
 「帰るよ。こんな寒々しい家にこれ以上長居したくないんだぞ」
 初めこそ長居して邪魔してやろうとはほんのり考えていたが今は逆に一刻も早くここから立ち去りたいという欲求が湧いてきた。日本が起きた後の日本の反応も、イギリスのデレきった顔も見るのは勘弁したい。
 勢い立ち上がり足元の鞄を持つ。日本に目を遣るが起きる気配は全くない。そういえば客人を主寝室の、それもベッドを使わせているというのはイギリスにとっては余程のことだ。ゲストルームはそれこそたくさんあるのにわざわざ自室に運んだということは……、その意味がわかると本気で鳥肌がたってきた。これ以上不愉快に寒い思いをする前にさっさと退散しよう。アメリカは盛大にため息をついた。






アトガキ
結論:ラブラブって難しい
特に恋人的なノリのキャッキャウフフバカッポーが書くどころか想像すらできなかったよ!orz

『英日 二人のラブラブっぷりに米がどん引きする話』でした。
リクエスト、ありがとうございました!
双方向性のラブラブが書けずになんか一方通行っぽくなってしまった…サーセン…
それ以前に初っ端アメリカがイギリスの家にどん引きしてる件wwwwww気合入れて描写しただけなのにどうしてこうなったwwww