earthquake

囁く色香



 「お三方、長旅お疲れ様です。本日は遥々わが国へとようこそおいで下さいました」
 玄関先で深くお辞儀をして客人を迎え入れる。挨拶の続きを口にしようと顔を上げた瞬間大男に抱きつかれて脳が対処できず一瞬フリーズした。
 「会いたかった……」
 「てっめ、何してんだ色餓鬼が!」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるギリシャに色めき立つトルコ、その後ろではそ知らぬ顔でぽちの頭を撫でているエジプトがいる。多分飛行機の中でもこんな感じだったんだろうなぁと用意していた挨拶の続きを頭の中から削除しながら考えた。

 渡された手土産を腕一杯に抱えて日本は三人に部屋の案内をする。散々掃除した広めの客室へ促し先に荷物の整理をするように提案した。日本は三人を置いてそのまま踵を返し手土産を仕舞いに行く。
 トルコからは綺麗なチューリップの花束。ギリシャからはオリーヴの石鹸、エジプトからは壷。(これでまた納屋の一角を占拠する壷ゾーンが広がるだろう)これまた昨日親の仇のように綺麗にした廊下を歩きながらこれからの予定を考えた。三人は旅行で日本に来ているのであり、自分はホストだ。交通や土地に不案内な彼らが心地よく観光・生活ができるよう最大限に尽力しなければなるまい。その一日目である今日は着いたばかりで時差ボケや疲れもあるだろうから観光へと出て行くことはないが予定を頭の中で繰り返す。時間的に丁度良い頃合なのでお茶でもして買っておいた和菓子を出し、それから……。今の障子を開いて頂き物をちゃぶ台に乗せる。オリーヴ石鹸を積んで花瓶を用意しようと立ち上がった。
 「くぁwせdrftgy!!!!!!」
 全く単語の聞き取れない悲鳴が上がって日本は咄嗟に方向を変え部屋を出た。トルコのものでもギリシャのものでもない、聞きなれないけれども鬼気迫る叫び声に非常事態を感じて押っ取り刀で声のした方向に走り出す。
 「どうかされましたか!」
 客室の障子を勢い良く開ける。バン、と障子から派手な音がして途端何かにタックルされた。
 かろうじてそのまま後ろに倒れずに持ちこたえて視線を上げるとトルコとギリシャはびっくりした顔で室内に居る。予想が外れて首を傾げながら腰元に抱きついてきた人間を見ると肩を震わせながら短い黒髪を精一杯擦り付けてくるエジプトだった。ジェイソンでも見てしまったような怖がり様で日本に縋りついている。ジェイソンではなくとも、何か霊的なものでも見たのだろうか。それはあり得る。イギリスなどはウチに来ると必ず独り言を言い始めるしノルウェーなどもじっと壁際を見つめていたことがあった。
 「地震……」
 ぽつりとギリシャが呟く。トルコが息を吐きながら後を拾ってくれた。
 「いや今ね、小さい地震が起こったろぃ?」
 「え? そうだったんですか?」
 疑問で返せば不可解な顔をされる。思わずスミマセンと口をついた。
 「アンタ……聞いちゃあいたが、本気で地震に鈍感だねぃ」
 「はぁ……」
 先日インターネットで見た『地震コピペ』が頭を過ぎる。地震に対しての日本人の鈍感さ外国人の敏感さを揶揄した内容であったがもしかしたらあれはある意味で真実なのかもしれない。
 「俺の家もタコトルコの家でも……地震は頻発するから……慣れてる……けど、エジプトは……あんまり、ないって」
 「誰がタコだゴルァ」
 俄かに喧嘩の火種が降ってきたのを放っておいて日本はエジプトの背中を叩く。幼子のようにしっかと腰に手を回していたエジプトが顔をあげた。血の気は完全に失せて地獄の底でも見てきたような悲壮な表情をしている。
 「大丈夫ですよ、うちの家はちょっとやそっとの揺れではビクともしないように設計されていますから」
 エジプトはブラウンの瞳をパチパチと数回瞬かせてじっと日本を見上げた。探られているような見透かされているような、嘘は吐いていないのに何だか視線に慣れず日本は曖昧に笑みを溢す。あっさりと腰から手を離されエジプトは真正面に立ち上がった。近い。間合いを取ろうと右足を後ろに擦らすとエジプトの腕に阻まれた。
 「エジプト……ズルい」
 「てやんでぇ、お前ぇさんちゃっかり何抱きついてやがる!」
 ああそうか真正面から抱きつかれているのか。急に真っ暗になった視界と伝わる体温に理由が見つかる。見つかって、頭からぽんと羞恥の煙が飛んだ。
 「えぇと? ……ええと?」
 「エジプト……だめ、離れて」
 頭上の気配から首を横に振っているのがわかる。それにどうやらギリシャ・トルコの両者はお互いには強く言えるものの(偶に力づくという強硬手段に出ることもある)エジプトに対しては甘いらしい。先ほどから言葉で示唆はしているが怒気を孕んだものではない。
 「私、居間へと移動したいんですが……」
 控えめに主張してみると流石にエジプトも腕を放してくれた。
 ……と思えばその場で半回転させられて今度は背中から抱きつかれる。全く解決になっていない。
 一歩、二歩、三歩と歩いてみた。
 後ろの巨大抱っこちゃんもついてきた。
 「あの……エジプトさん、至極申し訳ないのですが……」
 あまりの歩きづらさに離してくれと、直接言葉に出そうとしたがエジプトに遮られる。耳元に顔を寄せられた。
 「安心おし。大地が揺れてもこうして守ってあげる」
 ああ違う、全然違う。そうじゃない。
 そう言いたいのに声が出なかった。初めてまともに聞いたエジプトの声は多分に華やかな色気を含んだバリトンで、微かな吐息と一緒にその声が耳にダイレクトに声が響いてくる。
 「う……あ……」
 急に熱が顔に上がってくるのがわかる。今にも汗が噴き出しそうだ。咄嗟に耳を手で押さえた。
 「あ、てめっ日本に何言いやがった!」
 「ダメ……エジプトずるい……だめ……」
 赤面して俯いているとそういう気配を感じ取ったのか、二人によって背中からエジプトを引き剥がされた。内心ほっとしながら振り向くと顔色の一つも変えず無表情のまま肩を竦めるエジプトと目が合う。しかしすぐにギリシャの大きな体が抱きついてきて遮られてしまった。







アトガキ
普段土日・希日・土日希で書いてるので無性にそれ以外の人間を贔屓したくなっちゃう不思議。
なんというエジプト一人勝ち話……普段喋んねぇ奴が喋ったら声が超イケメンだったとかねーy…あるあるwwww

『地中海+日』でした。リクエストありがとうございます!
北キプロスは一萬ビジュアルでしか確認していないのでこの三人+日になりました。スミマセン。