sun & moon




 「俺んとこの旗とお前さんとこの旗は並べるとやっぱ様んなるよなぁ」
 「え?」
 「……ん?」

 至極まともな発言をした筈なのに飛んできた疑問符付の返事に思わず鸚鵡返しをしてしまう。ふと日本の方を見遣ればぽちを膝に乗せ背筋を真っ直ぐ伸ばしてむしゃむしゃと大福をつまんでいた。食に対する執念が強い彼のことだから近所で買ってきたらしい評判の大福に夢中になっていて言葉を聞き逃したのだろうか、そう思ってもう一度繰り返しても彼は首を傾げるばかりだ。
 「太陽と月ってぇのは大抵並び立つもんだと思うんだが、お前さんとこぁそうでも無ぇんかい?」
 「ああ、」
 一声あげた後、もっちゃもっちゃと大福を咀嚼して卓上の茶を一口すする。付き合いが長いおかげか心を許してくれている証拠なのか、日本の態度に少々マイペースなところが見えてきた。トルコとしてはもう少し砕けて欲しいところだがなかなかそうもいかない。常に置かれる間合いはどれ程親しい相手にも縮まることはないらしい。
 「そういう意味でしたか。私も二つのデザインを美しいと思っております」
 日本は微かに微笑んでフサフサした犬の毛並みを撫でた。照れを隠すように少し顔を伏せる。
 「そういう、ねぇ……アンタァどういう意味と思ったんでぇ?」
 「いえ、大したことではないんです。ただ……三日月と星は確かイスラム教のシンボルでしょう? だから他の何かと並べる、というのがちょっと変な気がして。すいません、そんな深い意味もないですよね」
 日本はぽちを畳の上に降ろして肩を竦めた。
 トルコは片眉を吊り上げて(仮面をしているためそれが日本に伝わることはないが)髭を触る。ついた片肘を卓から外して居住いを正した。
 「俺んとこの国旗ぁ別にイスラムのシンボルを意味してんじゃねぇぞ?」
 へ?、と日本が黒い目を丸くする。ああ、やっぱり勘違いしてたのか。擦り寄ってきたぽちを抱き上げながらトルコは声に出さないよう笑った。
 「え、違うんですか? ……え? すみません私てっきり」
 「まぁー俺んとこのが元になってっからしゃーねぇんだが。ま、パキスタンとかの月と星はそのままイスラムのシンボルでぇそういう意味じゃあんたぁ間違っちゃいねぇや。ただ俺んとこは……」
 根源を言えば、昔の上司。口髭を生やした英雄が頭を過ぎる。国家を宗教を切り離すため、といえば聞こえはいいが単に本人がイスラム教を嫌っていただけだ。幼少時はコーランの暗記が嫌で登校拒否をしていたぐらいだから相当だったのだろう。初めてこの話を本人から聞いたとき思わず大笑いしてしまったのを覚えている。
 「……あの?」
 「あぁスマン、ちょいと昔のことをな」
 突然噴き出してしまったがせいで日本が不思議そうな顔をしている。大きく息を吸ってかなり昔の思い出し笑いを静めた。
 「オスマンやめる時に決めたんだが、俺んとこの月と星は『善と幸福』を表してんだ。宗教関係無ぇかんな、アンタの日の丸と並べても支障もなんもねぇんだぃ」
 「そうだったんですか……お恥ずかしいことに今まで完全に思い違いをしておりました」
 「いんや、俺も紛らわしいたぁ思うんだがなぁいっつも。今更どうにもなんねぇし」
 ぽちのふわふわした背中を撫でると冬毛に移行する季節のせいか、細かい抜け毛が束になって出た。見ればちょいちょい抜けそうな毛があるので指で摘んでいく。腕を伸ばしてごみ箱を引き寄せて、抜いた毛をちまちまと捨てていった。
 「日と月が合わさったらどうなっか知ってっかい?」
 ぽちの毛繕いが少し楽しくなってきた。ぽちをひっくり返しておなかの毛をまたとっていく。
 「え? ……えーと……大爆発、でしょうか」
 「お前ぇさんそれ宇宙的な意味で考えたろ」
 「あ、はい。……頭硬いんですよ。スミマセンね」
 「拗ねなさんなって」
 ぽちの腰の辺りを指で掻いてやると自然に後ろ足が上がって上下した。反射的なものらしい、自分で掻いているつもりなのだろう。面白くて何度か掻いてみた。
 「で、日と月が合わさったらどうなるんです?」
 「明るいって漢字になるんでぇ、俺とお前さんの未来も明るくありますようにってよぉ。まぁ上司の受け売りだがな」
 ぽちが立ち上がって風呂上りの時のように体を振るう。トルコの膝から降りて日本の元へ歩いていった。
 小さな毛玉を抱き上げた日本の顔は優しく緩んでいてトルコも自分の頬が緩むのを感じた。








アトガキ
オッサンがぽちで遊んでる話になっちゃったなこれ…。
ガタイの良い人がちまちま作業してるの見るとキュンとしますよね。