AKY!

空気よりも君の言葉で返答が欲しい



 こうしよう。今日君は俺と一緒にディナーに行くんだ。
 君はおしゃれしてくる。うん、一旦ホテルに帰って着替えるんだ。俺が可愛い君をエスコートする。夜景が綺麗なレストランを予約するよ。一緒に乾杯して、楽しくお喋りする。俺が生まれてくる前でも昨日の話でも君が思ってることでも何だっていい、とにかくいろんな話がしたいんだ。堅苦しい話は抜きにしてね。それから、そうだなぁ。ケーキに指輪をいれてサプライズ・プレゼントとかしたいけど前君、指輪噛んじゃったから。うん安心していいよ、今回はやらないって誓うからさ。
 それから、デザートのちょっとだけ苦いチョコレートケーキを食べ終わったら店を出る。外はもう真っ暗で街灯が星の代わりにチカチカしてるんだ。そのまま帰るのは勿体無いからバーにでも行こうか。レストランが静かな場所だから、そうだな、ちょっと賑やかな方がいいな。バスケットゲームが置いてあるようなちょっと騒がしいのでもいい。壁際で男友達と来てる奴らがテーブルにビールを置きっぱなしで小さなバスケットゴールにボールを入れようとやっきになってるんだぞ。君は少し苦手かもしれないけど、経験だと思って行こうよ! 二人でカウンターに座ってお酒とつまみを注文するんだ。カクテルなんかいいかもね。ウエイターの視線が気になるなら俺がちゃんと庇ってあげるから安心していいぞ。そこでも色々な話をしたいな。そういえば今年はアメフトが大盛り上がりだったんだ。万年最下位だtt……うん、わかった今はやめておくよ。とにかく君に話したいことは山ほどあるんだ。
 四杯目のグラスが空いた頃には君はもう少し酔ってるんだろうな。ちょっとばかりふらつく体を俺が支えて通りに出るんだ。真夜中なせいで道路にはタクシーばっかりが通っていく。その内の黄色い一台を止めて乗り込むと『X-File』の長官みたいな運転手が神経質そうに俺たちを見る。君を一人でホテルに帰すには心配だから行き先は俺のウチだぞ。マンハッタンにあるマンションだ。ビリヤードの台も置いてるんだぞ。俺の家は広いから気兼ねなんかいらないからね。向かいのテッドがスリラーを歌ってるのを聞きながら俺が鍵を開けて部屋に帰ってくる。それから君にグラス一杯の水を入れるんだ。ソファで沈み込んで君は多分「スイマセン」って言うんだろうね。でも、いつも言ってるけど俺は好きでやってることなんだから謝らないでいいんだぞ。少し落ち着いたら一緒にDVDでも見ようか。また新しいの買ったんだ! ホラーじゃないぞ。今度は冒険のつもりで恋愛ものを買ってみたんだ。
 それから……


 「ちょ、ちょっと、アメリカ君待って、待ってください!」
 まだ陽も高いショッピングストリートで日本はアメリカのラガーシャツの袖を引っ張った。話を中断させられたアメリカが立ち止まり、不思議そうに日本を見下ろす。
 「それは……その、予定? に確実に私が組み込まれてるんですけど……」
 「だから言ってるじゃないか。君をデートに誘ってるんだよ」
 お土産やら何やらの入ったショッピングバッグを提げた手をブラブラ振りながらアメリカはやはり首を傾げる。日本は数回その黒い目を瞬かすと首元からさっと紅が昇ってきてそれを隠すように俯いた。先日医者のドラマに出てきた赤面症患者が頭を過ぎったがその様子を気にもせずに追撃をかける。
 「君がニューヨークに居られるのはたったの数週間なんだぞ? しかも殆ど仕事で忙殺されてるし、やっとプライベートに一緒にいられると思ったらランチとショッピングだけだなんて!」
 「声、大きくしなくとも聞こえますよ」
 頬から紅の抜けた日本が周囲に目を走らせながら低く唸る。買い物目当ての観光客達は往来で立ち止まる二人を気にも止めない様子で歩き去って行った。
 アメリカは腑に落ちない様子でむっつり黙り込む。声のトーンなんかよりもアメリカにとってはイエスかノーかが重要なのだ。日本がはぐらかそうとしているのは何となく読めている。ノーと言葉には出さず断るのが日本の常套なのは彼との付き合いの中で学習済みだ。ノーと言えないのではなく、言わない。日本の性格で好ましくないものの一つだった。
 「君は俺と一緒に過ごすのがイヤなんだ」
 「そんなデカい図体して何拗ねてるんですか」
 「ヤメてくれよそんな母親みたいな目で見るの! 図体なんて今関係ないだろ? デートに誘うことすら君は恥のように振舞うけど、俺は気にしない。嫌なら嫌って一言言ってくれよ!」
 言葉に出すとそれは『可能性』ではなく『真実』に変わっていく気がした。日本はシャツの袖を握ったまま眉をしかめている。ノーを口に出さずに断る方法を考えているのだ。苛々とした感情が腹の底から湧いてくるのを感じる。
 「こっち来なさい」
 日本がつかんだ袖を引っ張って通りから外れようと足を踏み出す。反抗しようと身体を引くと鋭く「いいから」と急かされ早足で落書きだらけの小さな路地に入った。指で眼鏡をずり上げながら日本を見ると黒い目を半目にして険しい顔をしていた。
 「全く……貴方は血が頭に昇りやすいんだから……」
 「ホラまた。君は俺のママじゃないんだぞ」
 呆れたような顔で日本がため息を吐く。アメリカのシャツを離すとガードするように腕を組んだ。
 「貴方みたいな息子は私だってお断りですよ」
 「俺は君に養子縁組を持ちかけてるんじゃない。デートに誘ってるんだ」
 アメリカが口を尖らせて日本から視線を逸らす。コンクリートにスプレーで描かれたスマイリーマークと目が合った。
 「貴方はどうやらディナーを一緒にしてベッドになだれ込む一連の流れをデートだと思っているようですが、私は、デートとして今日貴方を誘ったんですよ。私がどんな気持ちでどれだけ緊張して今日の予定を聞いたか貴方には想像つかないでしょうね! 私は貴方みたいにロマンティックな言葉を並べ立ててデートに誘うだなんて芸当どうせ恥ずかしくてできませんよ! 直球で誘われてもすぐに反応もできないんですよ!」
 珍しく日本の叫ぶような激昂した声が聞こえる。スマイリーマークを睨むのをやめたアメリカが目を丸くして視線を日本に戻すと瞳孔の見えない黒い目とかち合った。日本は視線があうと心意は気取らせまいとでもいうように、いつものようにすぐにサッと目を逸らす。
 どこの中学生だろうか。初心すぎやしないか。日本の頬に再度紅が差してくるのを見て逆にアメリカ自身が恥ずかしくなってきた。片腕を伸ばして肩に触れる。逃げる素振りはなかったので提げていたショッピングバッグを地面に落としその両肩を抱いた。
 「ああ……うん。あー……よし。うん、それじゃぁ、……デートに戻ろうか。それで……その、夜の予定を空けておいてくれると嬉しい……かな?」
 日本は口を真一文字に結んだままアメリカを一瞥するとどれに対する了承かわからないがはい、と小さく言った。



アトガキ
アメリカ映画ないしドラマを見てると毎度びっくりするんですが具体的な例とか想像が好きです。
アメリカ人の誘い文句のかるーい感じを出したかったんですが、やっぱり難しいですね。