What a hot day!

ちんくしゃな犬と夏休み



 日本が犬を飼い始めた。
 ぽちとかいう名前の、立っても足から膝に届かない程度の小さな犬。ゴールデンイエローだと言ったら芥子色だと言われた。その上赤色には程遠いのに赤柴だとか。しかも純粋な柴犬というわけでもないらしい。意味ワカンネ!
 とにかくそのぽちという犬だが、見た目は全然美しくない。まずプロポーションが悪い。足は短いしくびれがない。ヴェストが飼っているような犬は皆健康的でスマートだ。第二に雰囲気が番犬のそれじゃない。こう、犬でも美形とかあるんだなと思う。なんというか垢抜けてない。シュッとした感じがない。ヴェストのドーベルマンは精悍すぎて逆に恐い。第三に動作、挙動が洗練されていない。犬ではないがフランスのピエールは鳥のくせになんか気取ってる気がする。羽根先まで芸術とか思ってそうだ。ぽちはお座りのポーズから歩いている時まで朴訥というか田舎臭い。
 ただこうもちんくしゃな犬だというのに見ると構いたくてウズウズしてくるから不思議だ。ヴェストの犬みたいに「お利口」でないからかもしれない。感情を隠すことを知らない愚直なバカ犬は客人にめいっぱい擦り寄るし主人の日本には甘えたがる。
 季節は夏に入り日本の湿気と不快指数はどんどん高くなっていく。島国はこれだから嫌なんだ。ぽちも毛皮を着ているせいで暑そうだ。口を開けて舌を出している。生臭いから寄ってくんな。もさもさの毛に埋もれる頬を突付くと尻尾振られた。
 「夏ですねぇ」
 そう言って日本は庭をぼんやり眺めながら冷えたお茶を飲んだ。涼しげにしているが暑いのは変わりないのだろう。首筋に一筋汗が伝うのが見えた。外で虫が大騒ぎしていて余計不快度が増してくる。
 毛玉の悪魔が無遠慮に俺の膝に乗ってくる。やめろバカ暑苦しい。黒い鼻を触ると生温かい舌で舐められた。
 「おい日本、クーラーいれろよクーラー」
 声をかけると初めて俺の存在に気付いたかのように振り返った。ムカついたので日本の冷茶横取りする。
 「あまりクーラーに頼るのは健康によくないですし……今うちもドイツさんのように環境に目を向けようということでエコブームとなっていまして使用は控えるように心掛けているんです」
 自分の家ではクーラーがなくてもさして気にならなかったが、日本でクーラー使えないとか何だその拷問。見ろよ俺のタンクトップ汗で濡れまくってんじゃねーかバカ。
 毒づく気力も暑さと湿気に奪われてぽちをわしゃわしゃする。余計暑苦しくなった。
 小さな熱源を引き剥がす為の家から持ってきた兵器をポケットから出す。小型兼用のプラスチック製骨付き肉で、ヴェストが犬の餌買うついでについて行って買った。説明書には真ん中のぼつぼつした肉部分からはベーコンのにおいがするようになっていると書いてある。
 「あっち行けバーカ!」
 俺は気力を振り絞って思いっきりその骨つき肉を投げた。予測を外れてプラスチックは部屋の壁に派手な音をたててぶち当たり落ちた。犬がそれを追っていく。玩具に噛み付くと嬉しそうにそれを振り回し始めた。庭に向けて投げたつもりだったが結果オーライ。
 ややすると軽やかに犬が戻ってくる。全力で尻尾を振りながら期待する目で見上げてくる。その元気俺にもくれ。両手で顔を掴んで撫で回す。遊んでもらっていると思っているのだろう。その場に寝転がると腹を出した。
 「自らの急所を晒すとはバカかテメェェェェェェェ!!!!」
 全力で撫でといてやった。
 「良かったですねーぽち君、遊んでもらえて」
 郊外の婆さんみたいな笑顔を浮かべながら自分ちの犬眺める日本は完全に他人事だ。
 俺はもう一度おもちゃを掴んで力いっぱいに放り投げた。今度は方向を外すことなく廊下を通り過ぎ庭へと落ちた。ぽちが釣られて本能のまま駆けていく。
 それを愉快そうに目で追う日本が庭の向こうを向いた時に後ろから抱きついた。
 「うわっ!」
 一瞬ビクッとして日本が声を挙げる。
 「フハハハハハハ暑ぃだろ。暑ぃだろ! クーラーをつけずには居れないほど暑ぃだろ! 素直に暑いと言え!」
 がっちりと俺様の長い脚で体を挟んで両腕も使いがっちりホールドする。ヤベェこれ予想以上に俺も暑い。
 「なんというか……暑苦しいです」
 「クーラー!」
 「なんなんですかもォー」
 日本は徐々に猫背になりながら項垂れていく。しかしクーラーがつかないと死活問題に関わる気がするので了承が出るまでは離しはしない。どの道このままくっついてるだけで俺が熱中症になりそう。溶ける。
 カチャカチャと犬の爪の音がする。床張りの廊下でぽちが玩具を咥えて能天気に首を振っていた。
 「おいバカ犬!」
 声を掛けられたことに気付いてぽちが首振りをやめる。目が合った。手招きしてやると目が輝いて一目散に走ってきた。そのまま日本の膝の上に収まる。
 「ハハハハハハ!! どうだ更に暑くなっただろ!」
 ぽちは何も知らずに日本の膝の上で生臭い息を弾ませている。ふさふさの体を揺らせて主人に甘えている。
 「あ゙〜〜〜〜もう、わかりました! わかりましたからどいて下さいよ!」
 額を手の甲で拭い日本が声をあげる。ざまぁ!
 解放してやると日本はずりずりと間合いをとった。前々から感じていたがこいつはパーソナルスペースが他と比べて異常に広い。
 「ぽち君も、今はプロイセンさんに相手してて貰って下さいね。クーラーの用意してきますので」
 主人のいいつけに従順な犬は素直に膝から降りて俺様の許へ来た。膝に乗られるのを防止する為に膝を立ててやった。
 日本があ、と声を挙げて振り向いた。
 「先日三重さんからかた焼きというお菓子を頂いたのですが、食べますか?」
 「食う!」
 「じゃぁ今ついでに持ってきますのでお待ちくださいね」
 気が利くじゃないか。ホストとして当たり前だがな! 言葉には出さずぽちの眉間を突付く。
 障子や窓を閉めながら空のコップを持って台所へ向かう日本の後姿にぽちがワンと小さく鳴いた。






アトガキ
かた焼き……三重県伊賀地方の特産品。硬さが半端ない。迂闊に噛むと歯が折れるお菓子。その昔忍者が携帯食として持ち歩いていたらしい。
爺さんと犬と小学生でした。この二人+一匹は飽きない…
プロイセンはあれこれ難癖つける割にかわいがるのはいつでも全力なんだぜ!