He is sure to win.

烏は自分の子が一番美しいと思っている




 日本とロシアの戦争が始まったことは数日前から国内の新聞がまるでカナダを発見した時のアメリカのような興奮で騒いでいるため当然プロイセンの耳にもドイツの耳朶(じだ)にも届いていた。
 ソファに腰を掛けながら新聞を片手に高笑いするプロイセンが視界の端に映る。先ほどから数回むせ返っては数秒と経たない内にまた大口を開けて笑っている。このまま放っておけばいつまでも笑い続けているのだろうかとふと意地の悪い誘惑が頭を過ぎったが我が家の騒音レベルが上昇し続けるのは近隣に迷惑かと思いドイツはプロイセンが6度目の咳をしている時に声を掛けた。
 「何がそう愉快なんだ?」
 するとプロイセンは待ってましたとばかりににやにやともったいぶった笑みを浮かべながら彼の握った跡がすっかりついてしまった新聞を投げて寄越した。白黒のそれは大きく日本とロシアが並んで座る写真と一緒に水師営の会見、日本の旅順攻略を大々的に発表している。3面には従軍記者の歴史的瞬間に立ち会った歓びがつらつらと紙面を割いて並んでいる。
 「知っている」
 今更、しかもこれは数日前の新聞だ。ドイツは新聞をピンと伸ばしてテーブルに戻す。
 「日本がロシアに競り勝ってんだ」
 「ああ、そうだな」
 「世界の憲兵と恐れられたあのロシアにだぜ?」
 「賞賛に値する」
 「お前は会見中の政治家か。今いるのは自宅なんだぞ? 一番くつろいでいい場所で発言に慎重になってどうすんだよ」
 口を尖らせてすっかり高笑いの消えたプロイセンがドイツをじっとり睨む。期待していた返答が得られず少し不機嫌になっているようだった。プロイセンはテーブルに常時乗っかってある(ドイツが用意しているワケではないが、気付けば毎度ある)ナッツを皿から掴み取ってちまちまとひまわりの種を避けながらピーナッツを食べ始めた。
 「素直な感想を言うならば日本もなかなかの策士、だな」
 ピーナッツで口の中を一杯にしながらプロイセンが続けろと手を振る。先ほどの笑い声よりは音は小さくなったがばりばりとナッツを噛み砕く音が五月蝿い。
 「水師営の会見は世界的に日本に対して好感を与えている。俘虜への待遇も国際法を頑なに守る姿勢も見事としか言いようがない。その上、見ただろう一面の写真。敗軍の将とはいえ捕虜に関わらずロシアはサーベルを所持している。列強に向けた細かいパフォーマンスだ」
 「当たり前だ」 
 口の中のものを飲み込んでプロイセンは自慢するように笑った。
 「アイツは相当頭が良いんだ。少し前まで引きこもりだったくせに視野を世界レベルに広げた上で自分の行動を理解してやがる」
 今度はひまわりの種を口いっぱいに詰め出したプロイセンを眺めながらドイツは一度置いたティーカップにもう一度口をつける。温くなった紅茶を無理矢理に飲み込んだ。
 「だが次はロシアも体面を保つために全戦力を投入してくるだろう。そうなれば日本も危うい」
 「日本が勝つ」
 さらっと宣言をするプロイセンは、やはり日本を贔屓しているように見えた。今世界中で日本への好感が高まっているのは事実だがそれに中てられたのだろうか。どことなく嬉しそうに目を輝かせている。
 「……勝って欲しいと言っているようにも聞こえるな」
 「だから、何で自宅にいて副音声を勝手に読まれなきゃなんねぇんだよ。そんなピリピリすんのは外交と裁判、マスコミ相手だけで充分だろうが」
 ドイツはプロイセンが好戦的な性格なのは充分承知していたので発破に簡単にのってくるのを予想していた。予想通りすぎて先行きが少し心配な気もしたがそれは脳内の『今後の課題』フォルダに突っ込んでおく。
 「ではロシアに勝って欲しいのか?」
 「違ぇよ。バカ! どっちかに勝って欲しいとかじゃなくってだな、日本が勝つっつってんだよ!」
 木製テーブルを音をたてて叩きながらプロイセンが言う。こいつは騒音をたてながらでないと発言ができないのだろうかドイツは眉根を寄せた。
 「根拠は」
 「日本の陸軍は今相当強ぇ。何たって戦争のイロハを叩き込んだのは俺なんだからな! アイツが負ける訳ねぇんだよ」
 そういえば、プロイセンが日本の陸軍指導のために暫く赴任していたのを思い出す。その間に情でも移ってしまったのだろう。そう考えると先ほどからの露骨な日本贔屓の背景が見えてきた。親の贔屓目といったところか。教え子が強いと証明されるのはさぞ嬉しいだろう。
 また高笑いを始めるプロイセンを尻目にドイツはテーブルの上の新聞を見た。大きく『旅順陥落』の見出し文字が躍っている。プロイセンの信頼を考慮したとしても、やはりこれから後は日本にとって苦しくなるだろう。写真の中のロシアの笑みはやはりいつ見ても底恐ろしいものを秘めている気がした。






アトガキ
日本とプロイセンの日露戦争話でした。日本いないけど。
大体漫画の方にのせてある『拍手再録』の続きぐらいの話です。
実際の教官として日本にきた方はドイツ人でしたが便宜上プロイセン式なんでプロイセンで。
水師営の会見は細かい所まで世界へ向けたパフォーマンスが詰まってて驚いた記憶あります。
これを計算ずくで指示した総司令官は本気で凄いですよね。