戦場で一人の男が転がっていた。
土まみれで、血まみれで、ボロボロの体を仰向けに湿った土の上に横たわっていた。
微動だにすることもなく、その男は真っ直ぐ空を見つめている。
「あっち行って下さい」
近づいたワケでもないのに刺々しい言葉が聞こえてくる。
癪に障ったので、そのまま隣に腰掛けてやった。
恋に落ちた瞬間、終局のベルが鳴った
陣地からは遠く離れた場所で大の字になっている男を覗き込む。
血がこびりついた真っ黒い髪に何も映さない真っ黒い目。敵国の特徴だった。
「死ぬの?」
聞けば黒い目が一瞬哀しそうに揺れた。
「違います」
「死ぬんだね」
口でどう言おうが、死期を予期した瞳が語る真実は覆せない。
諦めと絶望が混じったそれは以前から望んでいたものだ。屈従の恥辱に塗れればいい、自らの手でその命を絶ってやろうと思っていた。
空は煙に侵され、地は血汁に浸された。
戦争などと大層なものではない。これは一地方の紛争だ。
三分の力で腕を捻れると想定していたのに、意外にも粘ってきた。
兵数が違う、軍備の質も違う、土地も自分の方が有利だった筈なのに。
「何で寝転んでるの? 殺されたい?」
「五月蝿い」
殊更剣呑とした声に肩を竦めると更に嫌悪の詰まった声で立ち退きを促される。
「だったら君がどこかへ行けばいいじゃない」
唇を尖らせれば、こんどは返答がなかった。
肩透かしを食らったような気分で、横で動かない男を見る。
顔に肘でも置いてやろうかと腕を微かに動かせて、そういえば、と思い出す。
「脚、動かないの? 脚気?」
「……うる、さい」
あぁ、正解。
ふと、硝煙の臭いが馨った。遠くの陣地から狼煙が上る。
火薬の咆哮と悲鳴に似た断末魔が聞こえる。
この近くで小規模な戦闘が起こっているのだろう。
「僕ね、今すぐにでも君のこと殺したい。君のことが憎いよ」
「奇遇ですね。私もあなたのこと、殺したい程に憎い」
僕たち、似てるんだねと言えば不名誉ですがと返された。
あの二枚舌と同盟を組んで一丁前に皮肉を覚えたらしい。
「おかしいよね、君の事、前は好きだったのに」
「そうですね。私も少なくとも初めは嫌悪感など持っていなかった」
こうしてみると、体を悪くしているようには見えないというのに。
土にまみれた髪を触ると、非道く厭そうな顔をされた。
「君が悪いんだ。アメリカ君なんかに開国するから」
「あなたが対馬にさえ来なければ、まだマシだったかもしれませんね」
遠くでガトリングの乾いた音がする。
「ねぇ、死ぬの?」
こういう時に限って、返答が途切れる。
「今でも好きだよって言ったら、ビックリする?」
掬った一把の髪が重力に従って指の合間を流れる。
「あなたは、嘘つき……ですから」
日本が困ったように眉尻を下げる。
「死なないで」
初めて彼を見たときに、もった感情の名前は何であったか。
確かなのはそれがやがて眩むような憎しみに覆われていたことで。
「死なないでよ」
やっと吐き出した声は震えていて、微かに微笑んだ彼に、異様に泣きたくなった。
アトガキ
ありえないほどに日本が好きなロシアを書いてみたかった。
気持ち悪かった
というかこういう微妙なラブが一番気持ち悪い
一萬は市販の恋愛小説とか苦手な人間です。
恋愛はエッセンスでいいからどっちかというと冒険とかそっち主食なのが好きです。
あれだ、ドラクエX、Yみたいな!(微妙な例え)