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貴方の魅力 虚像編





 フランスが何の気なしに、とはいえロマンティックな展開を内心望みながら立ち寄ったバーで、カウンターに座る知合いを見つけ、展望が萎えていくと同時に踵を返したい衝動に駆られた。姿勢悪く背を丸めてぐいぐいとテキーラを飲み干していく大男とは昼間にも会っている、夜まで付き合う義理はない。どっと疲労感が湧いてきた気がしてフランスは後退しようとしたが、その大男は間の悪いことにフとこちらを向き愛嬌だけはたっぷりの笑顔(仮面をしているので口元しかわからないが)を見せフランスの名を呼んだ。「おうおう、兄ちゃんも一杯やりにきたんかい」目線までしっかりあってしまい退店することもできず、フランスは仕方なくのろのろと男の隣にまで歩いて行った。
 「しけた顔しやがって、俺じゃぁ不満かい」
 「そりゃぁな、お前といたら美女達が怖がって寄って来ねぇんだもん。仮面外せよ、もしかしたらアラブ系好きな子からお誘いかかるかもよ」
 「いいんだよ。こりゃぁ虫除けに着けてんでぇ」
 ハン、と鼻を鳴らせてトルコがその細い椅子に座り直す。フランスはここまで来てまだ店を変える方法を考えていたがトルコが一言、上機嫌に奢りだと言うのでボーイにマティーニを注文し隣に座った。
 「虫除け、ね。じゃぁその気になってるときは仮面外すのか?」
 トルコは意味あり気ににやにやと笑う。フランスは言葉もなく惚気られた気がして眉を潜め舌を打った。
 「あーはいはい。その気の時は日本を部屋に連れ込むってか、カッパドキア爆発しろ」
 「なんでぇ、知ってたんかい。人が悪ぃや」
 「昨日だろー? もーね、見てたっていうか、見たくもないのに見ちゃったっていうか、ドアマンのとこに居た俺にも気付かないお前らが悪いっていうか」
 運ばれてきたマティーニを一口舐めてフランスは不貞腐れて言う。酔っ払いの惚気を聞く気分ではない。トルコと日本の付き合いは真摯なものではないし(国にとっての真摯な付き合いなど、オーストリアとハンガリーの二重帝国期間ぐらいしかフランスは知らないのだが)有り体に言ってしまえばフランスは己に恋焦がれる相手による賛美以外耳に入れたくないのだ。しかしほんの少しの出場亀心と奢りの礼という意味を込めて多少付き合ってやってもいいかもしれない。トルコが酒のにおいを振りまきながらグラスに残っている透明なテキーラをぐいっと飲み干すのを見てフランスは切り出した。
 「しっかしねぇ、前はブルネットにブロンドのカフェオレやミルクが好きだったお前が急に黒髪のレモンちゃんに走るとはなぁ」
 「おいおい、俺ぁ肌の色のフェチはねぇぞ。どこの国の女でも美人は変わらずイイもんでぇ」
 これまでたまたま東洋人が近くにいなかっただけだ、と機嫌良く付け加える。トルコが含み笑いをしながら体を揺らすとツンときつい酒のにおいがした。
 「しっかしフランスの兄ちゃんは若ぇなぁ。人ってなぁ見た目じゃねぇのよ……まぁ、日本のあの細い目は可愛くて気に入ってるがなぁ」
 「あー……。お前の好みはいいけどそれ日本に言ってやんなよ。本人は目が細いの気にしてるらしいから」
 フランスの忠告にトルコの動きが一瞬止まって、イギリス料理でも食べたかのような絶望的な声を出した。さっきからの態度との落差にフランスが無意識に額を押さえる。
 「……言ったのか?」
 「昨日、盛大にな。細い目と筋肉の薄い体と腰について褒めちぎったとこでぇ」
 「バカ! それ全部NGワードだ!」
 トルコが呻くと同時にフランスも目の前の酔っ払いに同情したくなった。地雷原でタップダンスでもするようにことごとく日本のコンプレックスを踏んでいる。悪気はなかったとはいえ、日本の心情も考えると居た堪れない。
 「いや不思議だったんだよなぁ。昨日よ、俺が熱弁する程に褒めれば褒める程に日本の奴テンション下がっちめぇやんの。……しっかし、目も体つきもそれで悪ぃこたねぇのによぉ」
 「そりゃお前『あなたの早漏なところが好きです』て言われたらどう思うよ」
 「ばーろー! 誰が早漏でぇ!」
 「例えだろ、例え! そんなに反応すんなよ!」
 飲み掛けのマティーニグラスを慌てて置きながらフランスはトルコを宥める。トルコもすぐに気を取り直しテーブルに肩肘をついた。
 「……まぁ、そうだな。兄ちゃんの言う通りでぇ……うっし!」
 何を思いついたのか、勢いづけるようにテーブルを叩いてトルコは椅子から降りた。上着を手にしてニヤついた口元で振り返る。
 「もっかい口説いてくらぁ! 人間見た目よりも中身が大事なんだってよ」
 そうしてひどく喜ばしげにこぶしを握るトルコの袖を慌てて掴みフランスが追いすがる。
 「待った! ちょっと待て、一回座れ!」
 フランスは不満そうにするトルコを強引に椅子に座らせて残りのグラスを呷った。NGワード全プッシュの前科から考えてさすがにこのまま行かせるのは疲れて寝ているであろう日本が不憫に思えたからだ。
 「お前何言うつもりか言ってみ、お兄さんが鑑定してあげるから」
 トルコは嫌そうな声を挙げて抗議した。「人の口説き文句聞いてどうする」と口を尖らせるのを張り倒したくなりながらも「いいから」と促す。
 「いやよぉ、人間は見た目じゃねぇのよ。世界に勇猛な民族は俺と日本しかいねぇ、だが現在にあっても尚武の心を持ちつつも平常見せる淑やかな身のこなしがそそる。俺は東の兄弟を愛してるって」
 フランスは思わずトルコの緩んだ頬を叩いた。指先だけがヒゲに掠れて微かな音がする。
 一拍の間突然のことで理解が追い付かないトルコとそんなトルコの思考が全く把握できないフランスが無言で顔を突き合わせた。
 「おま、何すんでぇ!」
 「いや思わず……あまりに現実を見てないバカが目の前にいたもんだから……一回叩いたら目が覚めるかと思って」
 「夢じゃねぇよ!」
 「バカ! そうじゃないだろ! お前何言ってんの? 誰が勇猛だって? 誰と誰が兄弟だって?」
 「だからさっき言ったろぃ!」
 「お前は一体いつの時代の日本を口説く気なんだよ!」
 思わず己が膝を拳で殴りながらフランスが喚く。トルコの執着心はフィルターがかっているどころか実像が見えていないと思えたからだ。いくら恋愛とは虚像に恋するもんだなどと揶揄されていようとそれをそのまま相手に伝えるのは問題な気がした。
 「……日本もさ、今日はもう疲れて寝てるんじゃねーかな。邪魔してやったら可哀想だろ。ちょっと俺の話にも付き合ってくれよ、えーと……ほら、えーと……何かあったような気がするから」
 そう言うとトルコは逡巡する仕草を見せたがやがて不承不承納得したようでボーイに新しい酒を注文する。フランスも空のグラスを下げてもらいトルコが初め飲んでいたテキーラを頼んだ。なけなしの良心がトルコを引きとめているが、後日日本には何か要求しようと心に決めてテーブルに置かれたテキーラを一口に飲みこんだ。









アトガキ
Q相手のどこが好きですか
日「イケメンでマッチョで仮面なところですね」
土「人ってなぁ見た目じゃねぇのよ、中身! 俺は日本の勇猛さと淑やかさに惚れてんでぇ!」
お前らはもうちょっとお互いを見直せ!という土日でした。トルコさんはいっぺん目を覚ました方が良い。

トルコ旅行中、トルコ人のパッチリおめめちゃんに「あなたの細い目かわいい!こっちでは細い目がかわいいの、私も目が細く見えるメイクしてるんだ!」と言われたことがあります。 交 換 し て く れ !orz