ありえない、と高を括っていた。
アメリカがやられたのは奇襲をかけられたからで、真っ向から勝負すれば圧倒的力を持って捻じ伏せられる。
あの体躯の小さい日本が牙をむいたところで片手で払いのけられる程度のものだと思っていた。
グッド・バイ。サンキュー。
「イギリスさん」
すぐそこに日本がいる。
日本ももう酷い怪我を負っていた。俺が撃ったから。
真っ白い軍服は赤黒く変色し、破れた布の合間から抉れた肉や火傷の痕が見える。
「くそっ…」
腕が動かない。足が動かない。傷口に海水が流れて失血を増やしていく。いっそこのまま全部の血が流れてしまえば楽かもしれない。
「くそっ」
何度も悪態を吐きながら動かなくなった腕を叱咤する。左腕一本では銃は撃てない。
「動きませんよ。レパルスも、プリンス・オブ・ウェールズも、沈みました」
沈ませたの間違いですかね、なんてしれっとした声で呟きやがる。
その声がざわざわ騒ぐ潮騒に混じって耳に残る。気持ち悪い。
「私を、侮らないで下さい」
東洋の小国で、一番後に世界の舞台に立った奴が何を言うか。
言葉を遣ることすら惜しくてただ睨みつける。
日本は刀を鞘に戻し、肩についた埃を払った。
傷は気にならないのか、痛みがないだけなのか、全くわからない。
「イギリスさん、私は貴方を尊敬しています」
黒い目と目が合った。光の燈らない暗い色をしている。
これだけ相手を叩きのめしておいて今更おべっかなど、何の裏があるのか判じ得ない。
「しかし貴方はアジアには不要です」
出て行って下さい、と続ける日本の顔は以前会った時の、同盟を組んでいた頃の日本からは想像もつかない程淡々としていた。
同盟時からまだ半世紀も経っていないというのに、情勢は目まぐるしく変わった。
その間、目の前の男は何を見て、何に失望し、何に怒りを持ったのだろうか。
今わかるのは、その敵意が間違いなく自分に向けられていることだ。
「日本」
「何でしょう」
体さえ動けばあの黒い双眸を今すぐにでも抉り取ってしまいたい。
「お前とは、気が合いそうだと思ったんだがな」
「ええ、奇遇ですね」
頷くと、日本は踵を返して背を向けた。
「私も貴方と相通ずるものは感じていたのですが、これまでですね」
さようなら、と冷たい声が辺りに響く。
冷たい海水が少しずつせり上がってくるのを感じる。満潮が近いのかもしれない。
「畜生めが!」
やってられねぇ。
大艦巨砲時代の終わりを敵に教えられるなんて、最悪だ。
恥も外聞ももういい。
教わったとおりに航空機と空母を量産してやる。
半世紀分の記憶を全部吹き飛ばすぐらいあの無表情な面を思い切り殴ってやる。
サーベルを掴んで寄りかかる。
力が入らない体を引き摺ってでも帰らないと、本気で死ぬ。死んだらあのボケを殴ることができなくなる。それは嫌だ。
翌日、同じ場所に日本がやってきた。
白い包帯が新しい軍服の裾から見える。
「ごめんなさい、そして、ありがとう」
二つの花束を放ると色彩鮮やかな花束が海面に揺れた。
一つは、自分の務めを果たした日本の戦士の為に。
一つは、そこで儚く散ったイギリスの戦士の為に。
「あなた方の死は無駄にしない。ですから、」
どうか安らかに。
アトガキ
マレー沖海戦でした。
こっちはあんまり軍ネタいれてない…かな。つか入れれる要素が少ない。
最後の戦場に花束投じる話はすごい好きです。敵兵の霊すら弔うのがやっぱ日本らしいですよね。
マレー沖海戦は「作戦中の戦艦を航空機が沈めるのは不可能」っていう神話を見事打ち破った海戦として有名ですね。
ええ、私のいう「有名」は一般的に有名じゃないってわかってます、よ。OTL
題名はリーチ艦長の最後の言葉。私艦と共に沈むとかそういうのに弱いんです。