smells like...
においなおし
背中が温かい。最近は風が冷たくなってきて、時間的にも冷えてきたかと思っていたので不都合はないが日本は身体を捩じった。それでもぐるりと回された腕は解かれることなくがっちり日本を捕らえぐいぐい体温を与えてくれている。
「えーと……」
つい今しがたまでなだらかな草原の坂に二人並んで座っていたはずだったのにどうしてこうなったのか。横列から縦列に変更するよう命令もだされていないのに。後ろから抱き込まれる形で日本は小さくなっていた。
「ギリシャさん?」
「んー……?」
肩に顎を乗せてギリシャは今にも眠ってしまいそうだ。とろとろと閉じていた目蓋を薄く開けた。
「あの……この体勢は何でしょうか」
「……イヤ?」
「そんな滅相もない」
ギリシャの気落ちした声に対して反射的に出た言葉に後悔する。如何にも昔から彼のしょ気た顔には弱い。今にも捨てられる運命を覚悟して哀れっぽく鳴く子犬を見ているような、こちらに非はない筈なのに心臓に矢でも突き刺されるような気分になる。
「そう……良かった」
そう言ってギリシャはまた目を閉じる。長い脚をクロスさせて完全封鎖状態を作った。
後ろから抱きしめて何かのアクションがあるかと思えばそうでもなく、とろとろと眠り(または瞑想)の世界に落ちていくギリシャを日本は全く理解できなかった。元々ギリシャの行動は突飛で基本が斜め四十五度に飛んだ芸術家肌な哲学思考回路を持っているせいで今までも理解できたことは殆どないのだが。
「ん……ちょっとだけ、においついた」
「うわっ!」
突然項のあたりに軽い吐息がかかって思わず声が出る。ぞくぞくと悪寒のようなものが背筋を這った。
「もう、何してるんですか!」
「におい……確認」
「えと……汗くさいですか? すいません」
更に身を小さくすると背後から否定の言葉が返ってきた。
「そうじゃない、……そうじゃなくて……俺のにおい、つけてる」
「……はぁ」
思い浮かぶ単語はマーキング。動物が自分の所有を示すために自分のにおいをつけるという。日本が飼っているぽちも自分の縄張りというものを持っているし日本にはぽちの匂いが染み付いている筈だ。
「私に何か、いつもとは違うにおいでもついてました?」
「……トルコ」
拗ねたような声に納得する。ぽちも他の犬を触った後帰宅した時は入念ににおいを嗅いで焼餅を妬いてもう一度においをつけなおす為に普段よりも擦り寄ってくるのだ。それと同じ心理なのだろう。道すがらに会話を交わしただけなのだがそれすらも本能的に察知したのか。もしくはタバコが苦手な人間がタバコの臭いに敏感なのと同じなのかもしれない。どちらにせよ、犬よりも優れた嗅覚だ。
「本当は……」
耳元で吐息混じりに低い声はする。不意にダイレクトに響く声に嫌な予感と共に心臓が跳ねた。
「本当は、……セックスするのが一番はやくにおい……つけれるんだけど……」
「これだから最近の若者は!」
予想通りすぎる言葉に思わず肘が飛ぶ。うっと呻く声がしたが心は痛まなかった。最近ギリシャの誘う態度というか空気がわかってきたのは大進歩だろう。流されない、流されない、心に何度も呪詛をかける。
「痛い……」
「そうでしょうよ」
ツンと顎を上げて冷たく突き放す。ここで甘やかせば軌道修正されてしまうのが目に見えている。
「だから、時間……かかるけど、こうやってにおいつける……良い?」
「はぁ……まぁ、こうしてるだけなら」
内心ほっとしながらギリシャに体重を預ける。ギリシャも無理強いはしてこないし、嘘は吐けないタイプなので言葉通りに日が暮れてもこうしているつもりなのだろう。朱みが増してきた夕日を見ながら思った。
「そう、良かった……」
犬のマーキングというのは所有を他の犬に示すものであるらしいが、この場合にギリシャのにおいが自身についたとしてもギリシャ以外にそれを感知できる人はいるのだろうか。ぼんやりと思ったが口には出さずに程よい人肌の温度にとろとろと目を閉じた。
アトガキ
ギリシャはとりあえずにおいを確認する子。
わんこの嫉妬はマジで可愛くて萌死するぜ!