緑茶は詰めた。扇子も赤富士の絵も万華鏡もぎっしりと詰めた。日本酒は宅急便。仮面は空港で見つかったら面倒だから、スーツケースの中。
 開いたスーツケースの中身を逐一確認しながらトルコはベッドに腰掛け荷物の整理をしていた。
 たかだか数泊のしかも仕事できた日本であったが合間を縫って買った自分への土産がアイドルのコンサート会場の人込みのようにみっちり詰め込まれている。隙間は見当たらない。帰ったらどこへ飾ろうか、いつ使おうか、そんなことを頭の隅で考えながら次回来る楽しみにとっておいた浴衣のカタログをセカンドバッグへ移し変える。柄を言えば日本でサイズを合わせて作ってくれると言っていたので、夏が楽しみだ。
 トルコが今居る場所は簡素な客室であったが寝泊りには十分すぎるほどで、日本の邸宅の一室ともあれば文句の一つも出ようも無い。こつこつと硬質なノック音がしてそろそろ出発の時間かと掛け時計を見る。時計の針はトルコが支度を始めてから90度も動いていない。どうぞ、と声をかければガサガサと音がして家主が顔を見せた。


 土産



 日本が持っていたのはビニールの袋だった。中は何かそれなりに重量がありそうなものが詰まっているようで底が丸く沈み込んでいる。ビニールのガサガサと鳴る音は少し耳障りだがトルコは気にも留めずに日本を見た。最近、普段は洋装が多くなったらしい彼であるが、今も洋装に身を包んでいる。シャツにニットのベスト、黒のパンツ――斬られたくないから口には出さないが、寄宿学校にでも居そうな子供がしていそうな服装、それもうんと真面目なタイプ――をしている。朝に会った時はシャツにハーフパンツという気を緩めすぎたような格好をしていたが、いつの間にか着替えたのだろう。
 まじまじと眺めていると日本は居心地悪そうに視線を泳がせた。人の目を見て離すのに慣れていない彼は、順応力だけは高いくせに未だに長時間目線を合わせることができない。二人で向き合って話していてもちらちら視線が逃げるものだからまさか背後に何か居るのかとつい確認したくなってしまう。慎み深いとでも言ってしまえば簡単だがどうも逃げられているようであまり感心はしない。
 「えっと……その、これ、……入りますか?」
 差し出されたのはそのままビニールの白い袋。口は閉めておらず中身が見えた。とはいっても、水色とピンクの包装紙が二つ並んでいるだけにしか見えないが。トルコはベッドから降りてそれを受け取った。
 「何だいこれ」
 「エジプトさんがトルコさんに持たせろと仰ってまして。水色の方がボールペンでエジプトさんに。ピンクの方がたけのこの里でギリシャさんにお渡し下さい」
 「おーい、日本待てちょい待て。お前さんエジプトといつ会ったんでぃ?」
 「昨晩、電話で。エジプトさんが私の家のボールペンが欲しいと仰いまして」
 水色の塊をビニールから取り出すと、中がじゃらじゃらと鳴った。そういえばエジプトは日本製ボールペン、しかも一本で数色が出るタイプのものを重宝している。日本製は壊れにくく使いやすいと年甲斐なくハシャぐ最長老国の姿は今まで記憶に封印をかけていた。本人に許可もとらずに運び屋として使うのは如何なものだろう。どうせ隣国だから渡すのは大儀ではないが愚痴の一つは零したくなる。
 「ギリシャの野郎もかい?」
 「えぇ……ただ、何でも良いと仰ったのでお菓子を」
 ピンク色の塊は、箱型のお菓子を数箱重ねてラッピングしたのだろう。四角かった。
 「お菓子ねぇ……ピンポイントなもん渡すんだな」
 「ギリシャさん、たけのこの里好きなんです」
 日本が嬉しそうに微笑むのを見てみやげ物の入ったビニール袋をベッドの上に放り投げる。一瞬で咎めるような目つきに変わった日本の腕を掴んで背を屈める。腰に手を回して引き寄せると間近に迫った日本の瞳が恐怖やら不安の色で揺らいだ。足を開けば、もしくは日本の足を持ち上げれば丁度アルゼンチン・タンゴの1ポーズになりそうだ。この至近距離ですら視線を合わせないのはもう意地でやっているようにしか思えない。床の目を数えるように目を伏せている。
 「へぇー。ギリシャがねぃ」
 「あ、のトルコさ……ちょっと、近いんです……けど」
 そういいながらも顔を赤くしながらも日本に抵抗する素振りはない。「嫌よ嫌よも好きのうち」なんて都合の良い言葉を聞いたことがあるが言葉はやはりお国柄を表しているのだろうか。
 「日本よォ。俺に土産は無ぇんかい?」
 あ、と声を出して日本が目を丸くした。うっかりしていた、といったところだろうか。そもそも日本の家に泊まらせてもらっておいて土産まで強要する程図太くはないつもりだ。しかしその辺りを日本が失念してしまっているのはその流されやすい性質のせいか、ただ単に状況から頭が動かないだけなのか。どちらにしても結果表面に出てくるものは同じで日本は傍目にもわかる程狼狽していた。悪戯心がむくむくと芽生えてくる。腕を掴んでいた手をするすると撫でるように滑らせて日本の指の股に指を這わせてそのまま握りこむ。硬直した日本の体が一瞬跳ねた。顔を近づけて触れるか否かのところで一時停止をする。逃げる素振りを見せたら流石に離れようかと思ったのだが、やはり日本は目を白黒させるばかりで固まっている。芽吹いた悪戯心が花を咲かせた。そのまま噛み付くようにキスをした。
 リップ音を鳴らせて唇を離す。日本が大きく息を吸い込む。ごくんと喉の鳴る音が大きく聞こえた。
 「もう一泊泊まってこうかい? 今度ぁアンタの隣がいい」
 耳元で囁くと、握っていた手を勢い良く離されて同時に胸を押された。両手を挙げてホールドアップのポーズを取ると日本はわぁだのもぉだの喚き声をあげながら腕を突っ張ってトルコを離した。
 「まったくこの人は! そんな冗談言って、私が心臓発作でも起こしたらどうするんですか! 年寄りなんですからね!」
 半分は本気だったと言ったら日本が日本語でも英語でも、ましてやトルコ語でもない理解不能な言語を叫び出しそうなので言葉を飲みこむ。こんなに元気な年寄りなら心臓発作など起こすわけもないだろうに。その言葉も心中に留めて置いた。代わりに笑い声を一つ。
 「なんでぇ、ドキドキしてくれたんかい? 俺に?」
 あああああ、と呻きながら日本が頭を抱えて蹲る。少し弄りすぎたかもしれない。機嫌を取った方がいいだろうかと思いながらそれでもにやつく口元は隠すことができずに日本を眺める。突然彼は立ち上がって大股でばたばたとドアへ向っていった。
 「さっきのキスで充分でしょう、お土産は無しですからね! 十分たったら玄関に来て下さいよ!」
 捨てゼリフを残して乱暴にドアが閉まる。足音が遠ざかってやがて聞こえなくなった。
 トルコは早鐘のようなビートを鳴らす心臓を押さえながらベッドの上を見る。自分でやっといて、と思うがあの自称老人よりはこちらが先に心臓止まりそうだ。
 寸分の隙もないスーツケースとそれからはみ出した隣人二人へのお土産が転がっていた。



アトガキ
( ゚∀゚)o彡゜土日!土日!
地の文がやたら多い書き方ですが、寧ろ書きやすいかもしれない。でもあまりWEB用には向かない気もする……
おばあちゃんから「エジプトに行くならボールペンを持って行くと良いよ。数色でるのん。あげたらエジプト人超笑顔で値引きしてくれるよ!」と強調されたせいでエジプト=日本のボールペン好きのイメージになってしまいました。