it grew up into a ..?

物静かな哲学者



 夕暮れに染まるベルガモンの道は広く、車が少なく、そして広大な平原と共に伸びていた。どこまでも続く変わらぬ景色の途中に、トルコは別荘を構えた。別荘といえば聞こえはいいがその実ただの二階建てである。しかも門構えなどといった大層なものもなく、ただそこに素人手作りの建物が立っているだけだった。彼はこの場所を気にいり、数円前から暇を見つけては家の建設にとりかかってきた。土台を固め、柱を建て、漆喰を塗る。最後に窓を嵌めれば新築の完成だ。トルコはこういった別宅を国中に持っていたが、その殆どが自力で建てたものだった。
 その話に素直に感心した様子の日本に、ギリシャが張り合うように自分も同じようなことをしていると主張する。そのまま玄関先でごね出しそうな雰囲気だったのでトルコは強引にギリシャの尻を蹴って屋内へ押しこんだ。当然非難の声が上がったが無視して日本を新築の家に招き入れる。
 最低限の家具しかいれていない質素な家だが、観光の宿泊先としては十分だろう。嬉しいことに遺跡アスクレピオスまで車で少し先の場所に位置している。新築祝いなのか観光目的なのかよくわからなくなってしまったが、考えるのが面倒になって思考を止めた。トルコはそれでも十分に休暇を楽しめることがわかっている。
 客人を二階の客間に上げ、荷物を下ろさせる。その間に台所に向かい適当な夕飯を支度した。人気が無かったせいか、どことなく肌寒い台所を後にして二人を居間に呼ぶ。簡素にした他の部屋とは違い、絨毯屋で自ら柄を注文したお気に入りの部屋だ。ギリシャの「悪趣味」という文句は無視した。
 働きたがる客人をなんとか座らせて(もう一人はさっさとテーブルに着き、空腹を主張していた)夕飯と買い置きの酒を出す。新築祝いにと持ってきてくれた日本の酒瓶も開けた。
 それから暫くして日本の持ってきてくれた酒の口当たりの良さにうっかり飲み過ぎないよう注意することを考え始めた頃、口数が明らかに減ったギリシャを窺い見た。口数が少ないならまだしも5分に一度は飛んでくる悪態がなくなっている。ギリシャはその場であぐらをかいだまま俯いていた。まさかまだ潰れてやいないだろうと声をかけるが反応はない。
 「ギリシャさん、平気ですか?」
 見かねてギリシャの隣に居た日本が隣人を覗きこむ。日本はといえば、顔が多少赤くなっているが思考能力は判然としているようだ。
 日本は困った様子で顔を上げ、トルコに視線を遣る。寝ているのかと思いきやそうではないらしい。
 「何か……目は開けていらっしゃるんですが……ぶつぶつと、間断なく何か呟いていらっしゃいまして」
 「あんだって?」
 トルコがテーブルをぐるっと回ってみれば、確かにギリシャは目を開けたまま硬直しているのが見えた。僅かに口が動いているので顔を近づけてみれば抑揚のない聞き取りづらい声が漏れていた。どこで息継ぎをしているのかわからない程に膨大な量を呟いている。途中途中イデアだの形而上学だのの単語と猫についての賛美が交互に聞こえてきた。
 「あー……」
 顔を上げれば日本が心配そうにギリシャとトルコを交互に見る。この様子ではきっと彼のこの状態を見るのは初めてなのだろう。
 「気にしなさんな、昔はしょっちゅうこいつこうなってたんでぇ」
 大したことはない、と言ってみるが納得できずにいるようだった。日本はそわそわと水をコップに汲みギリシャの前に出してみるが反応はない。
 「えっと……」
 俄かに狼狽する様子の日本を眺めて、何となく面白かったのだが同時に混乱させるのも悪いと思い手を止めさせる。
 「俺ぁ哲学モードって呼んでたけどよ、昔ぁ哲学について考え出すと周りが見えなくなっちまってたんでぇ。呼ぼうが肩を叩こうが反応しやがらねぇ。丁度こんな感じだな」
 「そうなのですか……」
 日本は不思議そうにギリシャを眺め少し顔を近づけたがやがて何も聞き取れなかったのだろう、首を捻ったまま姿勢を正した。
 「昔はこいつ、TPOお構いなしにスイッチが入ってよ。何かと振り回されたもんでぇ。最近は哲学モードも見なくなってたんだがなぁ」
 「ええ、私ギリシャさんのこの姿は初めて見ます……いえ、一度だけ」
 「へぇ?」
 「以前、何か考えていらっしゃったのでそれを聞いてみたところ下らない考えだけど話してもいいのかと、それに対して構わないと言ったんです。そうしたらこんな感じでつらつらと哲学について語ってくれたのですが」
 実は話の途中で寝ちゃったんですよね、と日本が苦笑する。
 トルコは顎を摩りながら意外だと考えた。昔はそれこそ、人が寝ようとするのも構わず自分の理論を聞けと起こしに来た程の哲学バカをしていたのに今は哲学を語るにも相手の了承を得るようになったらしい。
 「そいつぁ成長したモンだねぇこいつも」
 笑いながらギリシャの後頭部を軽く叩いてみるが反応はない。このまま日ごろの恨みを晴らす為に何発が殴るという誘惑が一瞬胸の内に湧いたが日本の視線があったので静かに拳を引っ込めた。
 「時間が経てば戻ってくるんでしょうか?」
 「んー、昔はよく菓子見せりゃぁ戻ってきたもんだが……」
 哲学モードを終わらせたところでどうせ食べるか悪態をつくか日本に絡むかしかしないので、寝る時間までこのまま大人しくさせておけばいいのに、と思ったが口には出さなかった。
 「横で俺とお前さんがおっぱじめりゃぁ気ぃつくかもな」
 「酔っ払いの冗談は性質が悪いですよ」
 トルコは唇を尖らせてつまみのひよこ豆を摘む。確かに冗談のつもりで言ったことだがにべもなく発言を蹴られて少し哀しい。仮面を着けたままなので表情には出ないが。
 「そこの棚にチョコか何か入れてた筈でぇ、見せりゃ哲学モード終了にならぁ」
 「はいはい」
 よいしょ、と無意識であろう声を出して日本が立ちあがる。棚からチョコレートの箱を見つけ緩慢に歩きながら持ってきて開けた。
 「ほら、ギリシャさん、お菓子ですよー」
 ギリシャの目前でがさがさと箱を揺らせて音をたてる。ギリシャがゆっくりと顔を上げた。
 「ん……食べる……」
 ギリシャはそう自然に言うと何事も無かったようにチョコレートを一粒摘んで口に放り込んだ。哲学モード中の考えは纏まることなく霧散しただろう。
 「甘い」
 「え、ええ、チョコですから」
 「日本も、一つ……はい」
 「ありがとうございます。頂きます」
 唐突なギリシャの変わり身に本人ではなく日本の方が動揺している。些か頬をひきつらせながら白と黒の混じるチョコレートを一粒食べた。
 「甘いものには……お茶……トルコ」
 「んなもん自分でいれねぇか」
 「客人を……働かせる気か……」
 やはり日本を制止してでもあのまま哲学モードで大人しくさせておくべきだった。一度はこいつも成長したものだと感心したが、尊大で嫌味たらしい中身は餓鬼のままじゃねぇか。そう思いつつトルコはギリシャの肩口を思い切り殴った。









アトガキ
以前twitterで「ウワアアアアアー創作したいからとにかくお題をくれええええええ!!!!」と叫んだところ頂いたものの一つ、「ほのぼのして見えるけど薄暗い土日希」でした。薄暗いというか、すごく深読みすると薄暗くなるような気がするみたいな話になってしまいました。
随分遅くなってしまいましたが、鴻上さんお題をありがとうございました! 土日希の三人はやっぱり楽しいなぁ!(^ω^)
 

トルコ旅行中、屋根や窓がない家を見て不思議に思っていたのですが、聞いてみたところトルコ人って自分で家建てちゃうんですよね。これはびっくり。
ご本家のギリシャって子供の頃は哲学モードに入ると周りが見えなくなる⇒成長すると多少気を使ってるて感じに見えたので。トルコのオッサンが見ると「成長したもんだなぁー」と感心してそうだ。でも結局喧嘩する。そういう彼らが好きです。
というかどう見てもこれただの親子じゃねーか! 数年前から三人の関係性が一萬の中で全く変わんねぇよ!