just a foolish

恋愛とは二人で愚かになることだ


※流血・病み注意

 日本は愛の言葉に対する耐性があるのかといえば、そうではない。寧ろ"美しい"、"優れている"といったありふれた褒め言葉すらも諸手で受け取るのを躊躇する気質である、耐性値はほぼゼロに近いだろう。それでいて、百年単位で会う度に重ねた言葉が彼にとって何の意味をなしていないことに気づいたのはつい最近である。愛を囁かれれば相手を意識するのは人間の性で、それが元で苦悩やら恋やらが生まれるのはフィクション世界においての一つのテーマであり、また紛れのない事実だろう。そもそも褒め言葉にすら頬を染めるような繊細な羞恥心の持ち主が、何度か肌を重ねた相手すらを気にかけないのは理解の範囲を超えた精神構造だ。嫌っている相手ならともかく、である。
 意識されていないのではなく、忘却といった方が正しいのかもしれない。跪いてその手を取ったことも、耳元に囁いた熱い言葉も、音もしない触れるだけのキスをしたことも、実に都合の良い健忘症だが彼の記憶には一切留まっていない。彼の目に映るのは、もとい彼がその羨望の目に映すのは欧米の白(うすらばかな)人どもで、二人きりになって初めて俺は彼の視界に入る。彼と出会った頃からその傾向は変わっていない、いや、変えられなかった。それは嫌悪されているよりも背を向けられているよりも、よっぽど胸が苦しい。一種の寂寥感ともつかない感情が不発弾のように心に植え込まれていくのを感じた。
 愛憎、という言葉があるがしかし愛が憎しみに変わるという工程が欠片ほども理解できない。愛しさはどうひっくり返して見たところで愛しさに換わるものはないのだ。傷つけるなどとも以ての外で、足の小指一本、髪の一本血の一滴まで全てをもって完成形なのだから、何一つ欠けて良い要素などない。暴力や威力による制限などで手に入るのは金やプライド程度のもので、本来望むべきものは遼遠の果てへと遠ざかってしまうだろう。だからこそ如何とも行動し難いのだ、愛を告げることが無価値なr
 「いってーなコンニャロー!」
 俄かに降ってきた外部からの頭痛に考え事を途中で打ち切られて、俺が反応しても尚頭を攻撃してくる拳を払いのける。苛立たしく隣席の餓鬼を見れば見慣れた表情で睨み返してきた。
 「隣で大声出すな……お前の声を聞くと吐き気がする」
 「自分からちょっかい出しておいてズイブンなこと言ってくれんじゃねーか、やんのか? あぁ?」
 全力で殴られたこめかみ――鈍い痛みが更に怒りを増幅させている――を片手で押さえながらもう片方の手でテーブルを叩く。机上のペンやらがカラカラと小さく音をたてて揺れた。
 「今日の会議は終わった……さっさとどっか行け……帰路で池に嵌って溺れ死ね」
 お前がどこかに行けと言い掛けたが言葉を飲み込んだ。毎度のことなので先ほどからの大声や騒音に議場の人間は大して気にもしていないようだが、ギリシャの向こうの席に居るエジプトが眉を顰めてこちらをじっと見てくるのが居心地悪い。察するに転寝でもしていたのを目が覚めてしまったのだろう、頬にペンの跡が残っている。指摘するつもりもないが。
 「猫アレルギーになって絶望死しちまえ」
 筆記用具を回収して席を立つ。むかっ腹は些かも抑えられていないがここに留まる意義もない。振り向きざまにギリシャの椅子の足を思い切り蹴ってやると、鈍い音がしてギリシャはそのまま机に頭を打ったようだ。少しだけ気分が晴れた気がして踵を返し、背中に浴びせられるギリシャからの呪詛を無視して部屋から出た。
 狭い机と机の隙間を人を除けながら(残念なことに、サディクの体格では避けて通れる広さの道ではない)なんとか出口に辿り着く。開けっ放しになった両開きの扉の向こうには大きな窓から日光を受けた広々とした廊下が伸びている。疎らな人通りの中にミディアムグレーのスーツを着た日本の背中が見えて周囲に気取られない程度の早足でその姿を追いかけた。一歩近づく毎に胸が喘息でも起こしたように圧迫される感覚で息が苦しくなる。中央で落ち着きなくグラグラと揺れる情動がむず痒くて仕方がない。日本に追いついて声をかけると同時にその背を叩き、横へ回る。
 「おぅ、お疲れさん」
 「え? あっ、トルコさん」
 振り向いた日本が俺の顔を確認して立ち止まり、提げたバッグを胸に抱いて「こんにちは、お疲れ様です」と頭を下げる。その頭を全力で撫でくりたくなる欲求を抑え、手でそのまま歩くように示し並んで歩き出した。
 「そうだ、宜しければ今夜ご一緒しませんか?」
 ふっと思いついたように(実際今何とはなしに思いついたのだろう)見上げてくる日本を見て俺は口元が自然とにやけてくるのを感じた。仮面をしているとはいえ今日のは口元までカバーしてくれていない、顎鬚を触って何とか誤魔化す。
 「俺がアンタからの誘い断ったこと、これまででいっぺんでもあったかい?」
 本心を隠すように皮肉っぽく、冗談めかして言えば日本が少し顔を綻ばせて笑った。
 「それでは、楽しみにしております。何か食べたいものなどはありますか?」
 「んー、良いワインの店知ってっから、紹介してやろーか?」
 「ワイン、……ですか? 私アルコールは余り強くないのですが」
 「安心しなさんなって、別段酒に託けてお前さんをどうこうしようってワケじゃぁねぇーんだ」


 絡み付きながら後ろ手に部屋の扉を閉めて、日本の唇に吸い付く。壁に押し付けて何度もキスをすれば、日本もその気になっているらしく珍しく自らも舌を絡ませてきた。鼻を掠めるアルコールの匂いと口に残る酒の味が酔いを深めていく。優しく甘美に触れたい、大切にしているとわかって欲しいと常日頃からの思いに反して、トルコは無意識の内に細い肩を掴んで空気を求めるように荒々しく唇を貪っていた。時折唇から漏れる声が非道く扇情的に上擦っていて、余計に興奮する。体温が直に感じられないのがもどかしくてさっさと仮面は剥いでしまっていた。
 「ん……、ん、は……さん、トルコさん」
 顔を一瞬反らせて日本がキスから離れる。浅い息をしながらぼんやりとトルコを見上げた。
 恥ずかしくなったからここで中断しようと言われるかもしれないと思いながら、そっと肩を撫でる。またすぐにキスできる距離で懇願するように日本の黒い目を見ていた。
 「ベッドに、……ベッドで、お願いします」
 艶に濡れた言葉が心の中の全ての自制心を轢き潰した気がした。「アンタの仰せのままに、バンビちゃん」またすぐにキスを落として幼子でも抱くように腰をぐっと持ち上げて日本を抱き上げる。安宿の部屋は狭く、腕が痺れることも待ちきれずに日本を床に押し倒すこともなくベッドまで到達した。日本が膝をぶつけることがないように食べかけの林檎(昨晩食べようと切り分けて、そのままになったもの)を放置したままになっているミニテーブルを足で除ける。
 ゆっくりと日本をベッドに降ろし、座らせる。日本の靴を脱がせながら、自分の靴も手を使わずに片方の足で反対側の足を踏んで、それをもう一度繰り返し両方の靴を脱いだ。ベッドに上がって揃えて投げ出されている脚の上に膝立ちで跨った。そっと両手で顔を包み込むと堪えきれずにまたキスをする。何度か啄ばんで頬へ、顎へ、絹のような肌を唇で楽しみながらそして首筋へと滑らせていく。すぐ耳元で感じる吐息とくぐもった声がくすぐったくて、それでいて心地良い。首筋から鎖骨にかけて、一瞬噛み付きたい情動が腹の底に湧き上がりトルコの瞳に獣が宿ったがすぐに自制して開いた口で歯を立てずに吸い付くだけに終わった。
 リップ音だけ残して体を離す。満足そうに見下ろすトルコに日本は腕を伸ばして首元に絡みついた。
 「日本、……お前さんが、俺に教えたもの知ってっか?」
 その問いに、日本はぼんやりとするだけであった。そんなもの、具体的には膨大すぎて枚挙するには骨が折れる。質問というよりもそれは謎掛けで、トルコは伸ばされた腕を愛おしそうに指先で撫でた。
 「死にたくなる気持ち」
 犬がにおいを嗅ぐように顔を寄せて額にキスをする。
 「俺ぁお前さんを見ただけで汗が噴出すし、アンタの声を聞けば息が詰まり、姿が見えなくなると今度は胸が潰れそうになる。そんでいつでも非道く死にたい衝動に困ってんだ。……何がどうおかしくなったんか知んねぇがお前さんのこと愛しくて、愛しくて、……いつまで経っても愛しさしか沸いてこねぇ」
 そう言ってトルコは日本の上から身を退いた。身を捩って手を伸ばし、ミニテーブルに林檎を切り分けた時そのままにしていた果物ナイフを取る。視線でトルコの行動を追っていた日本の顔に俄かに緊張が掠めたのを見てトルコは苦笑した。
 「安心なせぇ、これで刺したりしねぇよ。この俺がお前さん傷つけるワケねぇだろうが」
 それでも納得していない様子だが、トルコは黄色い柄のナイフを右手で持て余したまま再度日本に跨る。トルコは上機嫌に、陶然としながら自分の影が落ちた日本の困惑した表情を見下ろした。
 「アンタぁホントに別嬪だなぁ。顔だけでなくこのキュっと小股の切れ上がった尻もそそるけどよ」
 左手を握り、親指だけ立てて催眠術にでもかけるように日本の眼前へと移動させる。
 次の瞬間には、日本は額から血を流していた。
 正確にはその血は日本のものではない。さっと血の気と共に酔いが退いていき日本は固まったままトルコを、彼の親指をぐりぐりと抉るナイフを注視していた。その間にも親指から噴出す赤い血はボタボタと日本の顔に滴を垂らし、染めていく。
 トルコは呻き声すら上げることなく、自分の指はおろかナイフさえ見ていなかった。ただ己が朱に染まる日本を喜悦に浸りながら眺めている。
 「いい眺めだ。アンタぁやっぱ血も似合うお人でぇ、ここが戦場でねぇのが残念だな」
 「う……うわあああああああああああああああああああああああああ!!! あ、ああああああ!」
 はっと意識が引き戻されて、それまで息すら忘れていた日本が恐怖に引きつりながらパニックを起こした。腕で顔を庇い、べっとりと濡れた額を触る。ぬるりと指が滑って息を飲んだ。やがて生理的に涙が出てきて混乱したまま後ずさり、袖で執拗に血を拭う。白いシャツが赤黒く染まって重くなっていった。
 「日本? どうしたんでぇ、日本!」
 日本の急変を感じ取ってトルコが慌ててナイフを床に放り投げ、日本の様子を窺う。顔の前でクロスされた腕を力尽くで剥がすと日本が小さく悲鳴を挙げた。頬には涙と血が混じったものが流れている。
 「やめて下さい、何が、そんな……どうして、」
 「おいおい、何をそんな怯えてるんで? 俺ぁアンタの笑顔が好きなんだ、泣き止んでくれやぃ」
 懇願する内容もわからなくて、それでもトルコは日本の恐怖を取り除こうと縮こまった体を抱きしめた。溢れ出る血が日本の背中をじわりと濡らしていく。
 「大丈夫、大丈夫だから」
 キスを落とすと仄かに錆のにおいと鉄の味がした。




アトガキ
トルコのヤンデレシミュレーション
好き過ぎて○しちゃう系はできない。日本傷つけるとかありえんwwとか言い出す→監禁は現実的じゃない。仕事忙しいだろうし本人が望まねぇからヤだと駄々をこねる→周辺国を排他とか行動を制限するのも気が引ける…(;´_ゝ`)→物に当たればいいじゃん→「日本から貰った茶碗割るの嫌だ」→「じゃぁエジプトから貰った壷割るわ」→日「エジプトさんと喧嘩でもなされたんですか」違うwwww→日がギリシャから貰ったものを そ っ と 壊してまわれよ→そっとwwwどんだけ気ぃ使ってんだよww→日本の所有物壊すのも何か違う→つか性格的に日本には一切傷をつけられません!\(^o^)/→じゃぁ自分でいいじゃん→暴発して日ったまの目の前で指をナイフで切る→ボタボタ日本の顔に血を垂らすお→なかなか良い光景じゃん→とか思って見下ろしてたら日本びびってパニック・大泣き→あれ? なんで泣いてんだ?(・ω・)→原因ワカンネ!っけど全力で宥めるオッサン←コレだ!

トルコが日本に配慮しまくるせいで全然病まなくてつい「オッサン早よ病めや!」とか言ってたでござる。マジどうしようかと思った。↑のシミュレーションだけで一日潰れたぜ! マジで何度想定しても日本の嫌がることを選択肢からことごとく外していくんだもの…。
その上ヤンデレというよりもヤンデレデレデレになってしまったです。

トルコのヤンデレ構想は旅行中ガイドさんの「日本がヨロパばっか見て全然トルコのこと見てくれないから心にヒビ入ってきた。でも両国の心は近いんだよ!」という言葉より。
基本的に当サイトではトルコさんは純情一直線に愛が滅茶苦茶重いのですが、日本は逆に体は許すけど愛情が怖い人です。愛を告げられても忘れるよ! た、ただの精神防衛策なんだからねっ爺さんだから耄碌してるわけじゃないんだからねっ