「よし、いい機会だから歳聞いてみろ歳」
「…はぁ、歳」
気でも狂ったのか、という目でプロイセンは上司を見た。
神秘の国
黒髪と金髪の男が二人、本棚にぐるっと囲まれた部屋で向き合って座っていた。
テーブルに詰まれた分厚い本はどれも法律の、主に憲法に関する書籍ばかりであるが黒髪の彼、日本が希望して揃えたものだった。
アジアの最東端に位置する島国はつい数年前に開国したばかりだ。
広い世界に目を向けて初めて危機感を抱いたらしく慌てて近代化を進めようと躍起になっている。
植民地化だけは避けようと、背水の陣で必死になっているのがわかる。
今目の前で眉を寄せながら本を読み漁っている目が真剣なのはその表れだろう。
金髪の男は立てた肘に顎を乗せ、暇そうに日本を眺めていた。
「えぇと……プロシアさん」
「プロイセン」
「……あ、プロイセンさん」
すみません、と日本が眉を下げる。どうにも英語名が定着してしまっているらしい彼は毎度毎度プロイセンのことをプロシアと呼ぶきらいがある。
顎で指して続きを促すと日本が慌てて持っていた本を机に広げてプロイセンの方へ向けた。
「すみません、この文章なんですが……」
訳せません。と彼はたどたどしいドイツ語で言う。
格式ばった文章ではあるがさして難しい言葉ではないのだが。どうにも日本は外国語は苦手らしい。
10分に、いや5分に一度はこうしてプロイセンに訳を頼んでいる。
「ありがとうございます」
そう言ってまた同じ作業に戻る。つまりは延々と本と睨めっこするだけなのだが。
憲法を学びにきた日本の世話を頼まれたのは数日前のことだった。上司に呼び出されお前極東の島国のお守りしろ、と言われたのだ。
プロイセンとしては極東の小国の相手をするよりもお茶でも飲んでダラダラとくつろぎたいところだが命令とあれば仕方ない。
忙しなくページをめくる小さい手をぼんやり見ていた。勉強熱心である。
日本についての前知識は主にスペインから聞かされたもので全然キリスト教が広まらず植民地化に失敗しただのすぐお辞儀するだのあまり有益なものではなかった。
外見的特長は確かに黒髪に黒く円い目、黄色い肌と東洋人そのもので彼の友人が言っていた通りに背が低い。
表情は少ない上に顔は幼いし、発展途上にある国は見た目もその中身も若いものだが後発国である日本だ、外見に比例して中身も幼いのだろう。
頭の中で納得して、プロイセンは何の気なしにすぐ目の前で鎮座する本を開いてみた。
小難しい書き方で並んだ文字の羅列に頭が痒くなる気がして、すぐにハードカバーを閉じる。
暇でしかない。
カバーの表面を爪で叩いたり本棚の蔵書の数を数えるにも飽きてきたプロイセンはもう一度日本を眺める。
先ほどから変わらぬ姿勢でメモを取ったり頭を抱えたりしていた。
「日本」
「はい?」
小さく名前を呼んだだけだったというのにすぐに彼が顔をあげたのは予想外であった。
集中していたところを邪魔したか、と少し良心が咎めたがそれを詫びるつもりはなかったので適当に言葉を濁す。
「あ、えー、あーわー、そ、そ、その」
意味のない言葉は口から漏れていくが場を取り繕うだけのアドリブが見当たらない。
首を傾げながらも見つめてくる黒い目が更にそれを妨害していた。
こっち見るな。
そうは言いたかったがこちらが呼んだ手前言えるワケはない。しかしこの闇の淵から掬い上げたようなこの色は苦手かもしれない。
「そうだ、お前、何歳だ?」
聞いてから、愚問だったとプロイセンは数秒前の自分を詰る。
朝に上司が軽口で年齢を聞いてみろ、とは言っていたがアジアの若輩国の年齢を聞いたところで何か発展があるわけでもない。
日本は気の抜けたようにはぁ、と言うと目を泳がせて指を折った。
暫くの逡巡の後
「ざっと2500歳ぐらいでしょうか。一応」
あまり昔のことは記憶が薄いので明確ではないのですがと付け加えながら言う。
「……は? おま、……え? た、単位間違えてんじゃねーの?」
「いいえ」
そうきっぱりと否定するものだから俄かに頭が追いつかなかったプロイセンも漸く理解を始める。
彼の兄という男にも会ったことはあるがそういえば数千歳とか言っていたか。
古いからといって必ずしも価値があるとは限らない。
遺跡や古文書などは別にしても前時代の制度というものは打ち倒され新しい萌芽を生む。
現に彼は今までの体制を改めるためにプロイセンに教えを乞いに来ているのではないか。
だから彼が見た目に関わらず相当年を食っているからといってそれが尊敬に直接繋がるワケでもない。
「いや、しかし……」
「ど、どうしました?」
急に肘掛チェアーから立ち上がったプロイセンを日本が当惑の眼差しで見つめる。
薄い瞳が一瞥すると思わず体が竦んだ。
「……植民地はイヤなんだよな?」
「え? えぇ、まぁご遠慮願いたいです」
プロイセンが緩慢とした動きで机を回る。
日本の隣までくるとその背凭れを引っつかんで回転椅子をぐるりと回した。
「いいことを教えてやる。ヨーロッパの連中は大体にして1000歳もいってない奴らばっかりだ」
チェアとプロイセンの間に挟まれて日本がはぁ、と声を出す。
気にも留めず、どこか興奮したようにプロイセンは続けた。
「お前がそれだけ長寿なのには理由があるんだ。地理的な条件は勿論だがそれだけじゃない。他国からの侵略がなくとも勝手に滅ぶ奴らはいくらでもいる」
どれだけ長寿を誇ろうと今の時代年の功よりも亀の甲。植民地になっている国はいくらでもある。
それを、スペインのキリスト教化も混乱期でさえ欧米の介入を跳ね除け続けた日本には何か理由があるのだとプロイセンは本能的に察知していた。
顔が綻ぶのを止められない。新たな遺跡でも発見したような高揚感が胸を渦巻く。
「日本、お前はヨーロッパのことよりも先に自国のことを勉強しろよ。お前がこの先生きたいならそうするべきなんだ」
「はい、あ、あの、あの……プロシアさん」
「プロイセン」
「プロイセンさん!」
何だ、と声を落とすと日本は僅かに顔を紅潮させて身を小さくしていた。
「褒められるのは慣れていないものでして。それに顔…近い、です」
だからそこを退け、と言外に言われている気がしたが素直に背もたれについていた手を離し日本を解放する。
いそいそと居住まいを直し少しだけ後に椅子を蹴って日本が立ち上がった。
「私が長寿であること、長い年月の間侵略を受けなかったとはいえ私が私でいられたことは確かに興味があります。気付かせて下さって有難うございます」
日本がぺこりと頭を下げる。お辞儀か。
「しかし若い人に学ぶことはたくさんあるのです。それが今後世界におけるルールとなる以上私は学ばねばならない」
そう言って見据える黒い目は深い色をしていた。
この貪欲さも彼が彼である理由のひとつではないだろうか。プロイセンはそう思いながら姿勢良く立つ男を見る。
極東の小国が1つ植民地になろうが独立を保とうがどうでもいいのではあるが、この男には興味が湧いてくる。
「……何日でも気が済むまで泊まっていけ。付き合ってやるから」
手を伸ばして、くしゃくしゃとカールのない黒髪を撫でると年上の彼は一瞬眉を顰めた。
東洋の神秘の詰まった国、吸収力はいいくせに頑として曲がらない国、とスペインが皮肉を込めて言っていたが間違いではないようだった。
アトガキ
プロイセンと日本。一回書きたかった。
プロイセンに日本人が憲法の勉強に言ったら
「ヨーロッパじゃなくて自国のこと勉強しろって、いやマジで!」と学者に言われまくったんだそうで。
プロイセンだけじゃなく欧州諸国でも言われてたとか何とか。
アジアの中でもやっぱり特異に映るんでしょうね、日本って。
ハリポタのクィディッチの本で初めて気付いたんですが色んな歴史書にしても外人からのアジア評価に日本だけ特別扱いされてて毎度毎度驚かされます。