Happy Birthday!

君と過ごす日



 仮面をつけていて不便に思うことはいくつかある。1つに視界の悪さ。目蓋形に開けられた穴からしかものが見れない為に視野は通常よりも狭くなる。左右20度程度からの攻撃すら見えない。2つに表情の無さ。それは逆に仮面の良いところでもあるが表情筋を持ち合わせぬ仮面をつけたまま笑うとどうしても頬骨が仮面の裏側にごつごつと当たってしまうし喋るたびに顎の辺りが引き攣るのを感じる。3つに通気性の悪さ。風邪をひいてマスクをした時と似たような感覚がする。息で蒸れるし痒いところがあっても外さなければ勿論掻けない。
 それらマイナス要素を多大に含んでいる仮面を好んで装着し続けているのには差し引きしてもそれなりのメリットがあるからだ。表情が出ないというよりも表情の無い仮面というだけで緊張する相手には威圧感を与えられたしその上会議中などで暇な時は多少転寝していても気付かれない。
 
 「トルコさん、トルコさん?」
 薄ぼんやりとした意識の中で目を閉じながら眠っていたことに気付く。そういえば、会議中寝てしまったのだ。壇上でハシャぎ始めるアメリカを見ているのもいけ好かないロシアが横で人を食ったような笑顔で笑うのにも飽きてどうせ誰も気付きやしないんだしと思考を手放したのは何分前のことだったか。
 「……トルコさん? ……もしかして、寝ていらっしゃいます?」
 「いいえ、起きてますぜ!」
 唐突に開けた脳内で日本の声と言葉に気付き慌てて目を開く。声がマスク内で跳ね返って反響した。
 「ああ良かった。一瞬身代わりの人形でも置いて行かれたのかと」
 「おぉ……ああ、スマン。ちぃっと考え事してたんでぇ」
 そうか、仮面さえ被せておけば適当に人形を繕ってそれを影武者にするのも有りってなもんか。トルコは頭の端で感心しながらスーツ姿の日本を見る。納得しているのかしていないのかよくわからない表情で首を傾げていた。
 そういえば右隣あたりから拭いてくる冷風もなくなっている。いつのまにか会議は終了し、ロシアもどこかへ消えてしまったらしい。あれとは顔を突き合せたくなかったので丁度良い。荷物ももうないので戻ってくることもないだろう。
 「で、何か用があっから声かけてきたんだろぃ?」
 「あ、はい。本日はお誕生日おめでとうございます」
 深々と頭を下げられてトルコは目を丸くする。誕生日、誕生日か。
 「なんでぇ、覚えててくれたんかい? 嬉しいねぇ」
 自分はすっかり忘れていた。そんなことを微塵にも見せずに笑って見せる。そういえば今朝エジプトが無言で壷を押し付けてきたのもあれは嫌がらせではなくプレゼントのつもりだったのか。家に帰ったら捨てようとか思っていたのは胸に秘めておこう。
 「それでプレゼントをご用意したのですが、実はホテル……に、ですね。忘れて……しまいまして」
 段々と語尾が隣国を彷彿とさせる歯切れの悪さを呈してくる。いくらきっちりしている日本といえど忘れ物をすることぐらいあるだろう。徐々に首元から赤みが昇ってきたがそこまで恥ずかしいことでもないだろうに。組んだ指の親指をくりくりと回しながら日本は唇を舐めた。
 「この後、えと……予定を、空けておいて頂けないでしょうか」
 「なんでぇ、デートのお誘いかい?」
 「も、ちっ、違、くて、どうしてそう、……わかってても言わないで下さいよそういうのは!」
 顔を真っ赤にして日本がその場にしゃがみ込んだ。頭を抱えて何か叫んでいる。
 冗談のつもりで言ってみたのだが意外にもそれは当たっていたらしい。それもかなり嬉しい方向に。日本のことを考えるにプレゼントを忘れたというのもわざとなのだろう。一言一緒に過ごしてくれと言われれば応じるのにそれすらも言えずこんなまどろっこしい誘い方をするなんて底抜けにシャイな方だ。
 降ってきた愛しさに噴出すとジトりと拗ねた目で睨まれた。
 「おうおう、可愛いねぇアンタってお人は。アンタの願いなら明日の朝まで時間とこの体くれてやらぁな」
 宥めるように背中を叩いて少しズレた仮面の位置を直した。先ほどから顔が火照って蒸れるし自分の声に振動してその度煩わしいのだが、こちらの赤面を気取られずにいるのもじっと見つめても視線から逃げられずに済んでいるのもまた仮面のおかげなのだ。まだ当分の間は着けていたい。




アトガキ
イタリアで購入した仮面(フルフェイス)をこの話を書くためだけに装着して色々試してました。意外に楽しかったです。
なおす時飾りが少しだけ欠けて凹んだ……orzおおう