I am the one.

→・睡眠  ・信用



 「日本」
 襲い来る睡魔から何とか逃れて会議が終了し、安堵した瞬間アメリカに呼び止められた。どうせまた何か面倒くさいことでも押し付けられるんだろう、そう思ったがアメリカは妙に不機嫌に指でファイルを叩いている。会議中彼を責めるようなことを言ったかといえば、していない。そもそも昨日は殆ど眠っておらず会議中は起きているのに必死だったから発言すら少なかった。少ないのは元々だが。では何か彼の機嫌を損ねるような決定だったかといえばそうでもない。珍しく真っ当な提案をした彼に今後積極的に検討するという良い結果に終わっている。
 日本はぼんやり考えてみたがやはり彼の不機嫌の元となる原因がわからなかった。もしかしたら今日の日本のやる気ない姿勢にスイスやドイツであれば怒髪が天を衝くのは納得するが相手はアメリカだ。
 日本がはぁ、と息を吐くように言うと彼の青い瞳に疑念が浮かぶのが見えた。どうやら彼の苛つきの原因は自分にあるらしい。それは悟ったがさっぱり見当はつかない。
 「ちょっと話せるかな?」
 ちょっとで済む話なら表情を朗らかにしてもらいたい。そう思ったが言葉には出さず日本は頷いた。立ち上がり机上に散らばった資料やらを鞄に詰め込む。途中ちらちらとこちらを窺っていたイギリスと目が合った。アメリカの不機嫌に気付いているらしい。会話に割り込もうかと指で合図されたが首を振った。アメリカの雰囲気を察するに最悪二人は喧嘩を始めるだろう、アングロサクソン二人を宥めなければならないような事態の可能性は潰しておきたい。
 「こっち」
 急に腕を引っ張られてイギリスが視界から消えた。何とか片手に持ち物を抱えてアメリカの後を歩く。
 無人の日当たりの良い廊下をアメリカは黙り込んで大股に歩いていく。歩幅が合わず日本は何度か躓きかけるが持ちこたえた。爽やかで眩しい蜂蜜色の日光を受ける庭が窓枠越に流れてく。あの綺麗な青芝の上で寝転んで昼寝したい。ガラス一枚隔てた向こうが天国に見える。
 バタンと派手な音をたてて扉は閉められた。引っ張られるがまま小部屋に連れ込まれたらしい。豪奢な絨毯に金刺繍の入ったカーテン、中央に(多分)マホガニーのテーブルとアンティークのソファ、壁紙には可愛らしい天使。ここでケーキと一緒にアフタヌーンを楽しめたらなんと優雅なひと時になるだろうか。
 ただ当のアメリカは当たり前だがさらさらそんな気はないらしく日本を強引に引っ張ってソファに座らせた。布製の心地よいソファだ。このままここで眠りたい。
 「嘘は吐かないでくれ。いいね?」
 包むように両手を握られる。特徴的な薄い青い目は真剣に日本を見ていた。
 ここにきてやっとアメリカが本気で怒っていたことを知る。考えてみれば普段のゲームが攻略できないだの買ってきたアイスがチョコ味だっただのの他愛のない怒りには彼は頬を膨らませて駄々を捏ねるだけだった。五歳児がオモチャをねだるように最大限(迷惑なことに自分の手足が長いことは理解していないようで)手と足をバタつかせて大声を挙げることで表現していたが今回ばかりは様子が違う。
 あくびを噛み殺して背筋を伸ばす。アメリカを見返した。
 「わかりました。何でしょう」
 頭を過ぎるのは政治的、外交的なこと。友好国同士とはいえいざこざは少なからず存在する。そうでなければ近隣国とのきな臭い話か、金融危機の話か。軍事・経済・世界情勢……頭が痛くなってきた。ともあれ小部屋に連れ込んで二人っきりの密談が必要な程機密性の高い事項なのだろう。日本は唾を飲み込んだ。
 「君、大事な人ができただろう」
 「……」
 肩透かし、というべきか鳩が豆鉄砲を食らうというか、鳩に豆鉄砲でも撃たれた気分だ。斜め四十五度を飛び出した話題に脳が追いつかない。いや、寧ろこれはアメリカンジョーク的なものから話題を誘導するつもりなのだろうか。
 「アメリカさん、回りくどいことは貴方には似合いません。さっさと本題に入ってください」
 「えっ?」
 「えっ?」
 予想外の素っ頓狂な言葉な言葉が返ってきた。アメリカを見ると逆に驚いた顔をしている。
 「これ以上の直球は難しいぐらいのど真ん中を聞いたつもりだぞ」
 「えっ」
 「聞きなおさなくても聞こえてるだろ」
 また出かけた声を必死に飲み込んで首を傾げる。大事な人ができただろう、真剣な顔をして言うのだからつまりあれか、アメリカ以外に親密な国が出来たとかそんなのか。同盟関係が危ぶまれているというところだろうか。自分は最近自分を無視して中国と交渉しているくせにと言いたいところだが言わぬが花だろう。思考の迷路に嵌っていく頭をどうにか起動させながら言葉を選ぶ。
 「質問への答えですが、いいえです。そういった方はおりません」
 「嘘なんだぞ」
 「……悪魔の証明を証明しろと仰るんですか?」
 握られたままの手を引き抜いてソファの背に凭れかかる。あらかじめ決めていたかのようにアメリカの返答がやたら早い。
 「1、君は今日も睡眠不足だ。2、先週も睡眠不足だった。3、先週会議の前日俺の誘いを断った。だから少なくとも会議の前日以前に新しい恋人ができている筈なんだぞ」
 理由を指折り数え始めたアメリカをぼんやり眺める。当の本人はむっつり頬を膨らませているが全然かわいくない。
 「何で睡眠不足がイコール恋人なんですか」
 「恋人ができたら毎晩ベッドを共にするものだろう?」
 え、と今日何回目かの言葉がまた出そうになり慌てて引っ込める。メリケンの常識が日本からはかけ離れすぎていた。
 「……貴方の常識は私の非常識なんですよ。第一ですねぇ」
 よいしょと声を出しながら姿勢を正す。初めの真剣な気構えをもろにぶち壊されて気が抜けた。
 「私、今眠いんです。わかりますか? 昨日は遅くまではぐれメタル狩りしてました。先週は二〇〇分の一戦艦大和プラモデルがやっと完成したんです。趣味に睡眠削って何か悪いですか?」
 「趣味? ……う、嘘なんだぞ! そんなの体良く俺を丸める嘘なんだぞ!」
 「何に対しても疑ってかかるのは咎めませんがね、もう少し信用して下さいよ。何ならプレイデータとプラモ見せてあげますから」
 日本は自分でも態度が悪くなっていくのを感じながらため息を吐く。嫌味やら皮肉を浴びせてやりたいところだが睡眠不足がたたって良い言葉が思いつかない。
 反してアメリカは大きな目をパチパチと何度か瞬かせていた。
 「わかった。じゃぁ今日はこの後日本の家に行くぞ!」
 「は? 今日?」
 あくびをしていた途中でアメリカがとんでもないことを言った。眠気が吹っ飛んだ気がして日本が眉根を寄せる。
 「そうだぞ。だって数日たってからだと日本がプレイデータ弄ってそうだから確認の意味ないじゃないか」
 「えぇー……今日は帰って泥のように眠るつもりでいたんですが」
 「一時の睡眠と引き換えに俺の信用が得られるんだから安いもんだろう?」
 正直『選択肢 →・睡眠』で連打したい。心の中で思いながらも日本は言葉には出さなかった。
 




アトガキ
日本のオタクでもどちらかというと男性的なオタクかなぁ…と。
プラモ作ったりレベル上げに必死になってたり食玩集めたよ(´∀`*)キャッキャ な感じ
多分WWUのこと聞いても「ドイツさんとこの戦車かっこいいですよね!」て政治的なことすっ飛ばして戦車について熱く語り始めるよ。