Battle of Fengtian

主敵の存在




 わぁわぁと耳鳴りのような叫び声がする中で日本は奉天攻撃最左翼にある第三軍とともに歩を進めていた。足の速い騎兵部隊はさっさと大酒のみの大隊長に率いられて北へ突っ切ってしまったが、今や砲兵をも備えた彼らはたとえ北でコサック騎兵相手どっても平気だろう。先ほどなどは三倍の兵力を持つ支隊を破ったとの報告もあった、心配などするほうがかえって失礼である。身を切るような寒さも間断なく響く銃声や砲声も感覚が慣れてしまったらしく、皮膚や耳は麻痺したようにじんわりと痺れている。その上血と埃と火薬が混じった、今にも吐き気が臓腑からこみ上げてくる臭いのせいで鼻までバカになってしまったようだ。反面日本の体内を巡る血は沸き立つような温度で興奮を際限まで昂ぶらせていた。
 この奉天において、笑みを見せられる者は幾人といるだろうか。日本は腰に提げた愛刀の菊の紋が彫られた柄を握りやや強張った表情で唇を噛む。戦闘は既に十一日に及んでおり劣勢ながらも進攻を許さない露軍の頑なな防御は流石世界の憲兵と自称していただけはあるといったところであろうか。
 何度目かの突撃命令が出たのを機に日本は弾除けの盾から顔を出して、重い銃を担いだ仲間が次々と塹壕から勢い良く駆け出すのに続いて行った。近くで砲弾が弾けるのも構わずに進む、今足を止めることは即ち死へと直結することを経験則で知っていた。
 正面から第三軍が露軍右翼に畳み掛けるように突撃すると、それは戦闘というよりも乱闘に近い形となった。歩兵が波のように敵陣地に雪崩れ込む様は戦国時代の合戦の頃とあまり差異はないように思う。時代が流れても基本の光景というものは変わらないものだ。
 「日本君、なんだ、こっちに居たんだ。ラッキー」
 既に麻痺している筈の耳に、その声と一発の銃声は確かに響いた。発砲音のした方向へ無理やり体を捻ると十メートルほど先に、周囲で殺し合いが起こっているのに関わらず平然とした風にロシアが薄い煙を吐く一丁のライフルを構えながら立っていた。日本は理解するまでもなく方向を換え走り出す。途中、敵とも味方ともつかない兵士が倒れこんでくるのを咄嗟に避けながら刀を抜いた。同時にロシアはガシャリと慣れた手つきでレバーを引き、空薬莢を排出させ、また次の弾を装填する。ロシアが銃を構えるよりも早く正面に斬りかかれば器用にも銃身で薙ぎ払われ、そのままの勢いで押し返される。一歩二歩後ろに引いて間合いを取れば足元の土が爆発でもするように爆ぜた。
 「うちの将軍が日本君は反対側に居るはずだからっていくつかの部隊をあっちに送っちゃったんだけど、僕は残っといて正解だったみたいだね」
 またガシャリという音がしてロシアが三発目を装填する。阿鼻叫喚の地獄絵図であるはずの混沌とした戦場だが、日本とロシアの間を横切る部下や部下であったものといった遮蔽物も障害物もなくそこは一種聖域のように隔離された空間となっていた。日本が踏み出すとライフルが日本の側頭を目掛けて振り下ろされ、咄嗟に刃で受け止めた。今度は土を踏んで踏ん張った為に払われることはなかったが均衡した状態で止まった。
 「そうですね、私に倒されるために残っていて下さり感謝致します」
 「そんな減らず口、どこで覚えて来たんだろうね。イギリス君にそっくりですごいムカつくよ」
 「これは失敬。それでは言い直しましょうか? ……貴方の首など柱に吊るされるのがお似合いです」
 ライフルを受け流すと日本は一度膝を崩してその場にしゃがみこみ脛を目掛けて蹴り付ける。鈍い音と靴底に衝撃があり脛に一発、ロシアは憎らしげに舌を打ったが体勢を崩す様子はなく日本に向けて撃った。照準が定まらなかったせいで銃弾はまたしても付近の土を爆ぜただけに留まり、反動を受けて手が跳ね上がった。ロシアは躊躇いなくその銃を反動に任せて後方へ投げ捨てると、腰のサーベルを引き抜く。その数秒ともないタイムラグの合間に日本が間を詰める。顔面目掛けて伸びてくる刃が耳を掠め、微かに髪の先を薙いだ。引き抜いたサーベルで刀が振り下ろされるのを防ぐ。
 「胸に飛び込んできてくれるなら、もっとロマンチックにしてほしかったかな」
 「最高に浪漫めいているじゃないですか、貴方がここで歴史からその身を消して頂けるなら」
 「最後の抱擁ってやつ? いいね、情熱的で。消えるのは君のほうだけど」
 間近にあるロシアの笑顔が醜悪に歪み、日本は奥歯を噛みながら弾き飛ばされないように刀に体重を乗せ息を飲む。
 「可哀想な日本君はどこまで戦うのかな。あの兄弟に駒として使われてる自覚ある?」
 「愚問ですね。どうやらその口ぶりではイギリスさんやアメリカさんに唆されて私が貴方と戦っていると思っているようです」
 「だって、そうでしょう? 自主的だと思いたいんだろうけど、そうじゃないよね。いつだってあの二人は僕の邪魔をしにくるんだ。いつだって、本当にどこでだってね。……だから、僕の邪魔をするために君を単騎で宛がうことも、君が僕に倒されたとしても何とも思わないんだよ彼らは。どっちに転んだって彼らの得に違いないんだから」
 「そうでしょう。彼らにとって最も嬉しい結末は私たち二人がここで共倒れすることでしょうね。うちの家も、貴方の財産も全てを平らげる気でいる」
 ロシアは一瞬怪訝そうに目を細めた。日本からは一瞬たりと目を離さず観察するように見下ろし続けている。
 「わかってるなら、なんで君はそっち側にいるの? 今なら同盟を組んであの二人を倒すことも考えてあげるよ」
 「貴方は未だに、なぜ私が50年前アメリカさんを開国先に選んだのか理解していない」
 体勢に無理のあった日本が観念して後ろに飛び、数メートルの間合いを開ける。下ろした刀を再度構えて俄かに不機嫌となったロシアを睨む。日本は肩を上下させており、ロシアよりも日本の方が体力の消耗が見えた。
 「北方の地で貴方と出会ってから百年、これまで貴方を信用したことは一切ない。いくら一時紳士的に見せようと取り繕おうとも貴方の内心が野蛮で残虐な獣と変わりないことを知っています。貴方は出会った瞬間から、私にとって敵だったのです! 考えたこともなかったでしょうね、私が中国さんを討ったのは偏に貴方からの進攻を阻む防壁を確保するため、近代軍備は貴方に易々と征服されないために揃えたものなんですよ」
 日本の言葉にロシアのそれまでの薄い笑顔が泣き笑いの表情に変わる。闘志が失せたような今にも泣き出しそうな顔で言った。
 「そうなんだ。仲良くなれる筈もなかったんだね、一分たりとの可能性もないんだ。……ごめんね? じゃぁ、もう君、いらない」
 冷え込んだ声に息を飲んで刀を握りなおす。仔細はわからなかったがどうやらどこかでロシアの琴線に触れてしまったらしいことだけは理解できた。何度か足元の土を蹴って踏み出す体を整えているとロシアの後ろから、若いロシア軍兵士が掛けてきた。
 「ロシアさん、撤退して下さい!」
 「はぁ? 何言ってんの。ここで撤退なんて意味のない」
 「将軍より命令です、一旦退却し退路を確保します!」
 兵士を邪険にするロシアだったが彼と数言交わすと日本に聞こえるほどの舌打ちをして渋々サーベルを下げた。
 「ごめんね、また今度だって。良かったね? 君も結構ボロボロだし」
 それだけ言うとロシアは踵を返し、あっさり退却の号令に従った。振り返って見れば確かに長きに渡る膠着により自軍の疲弊は目に見えてとれた。日本は刀を鞘に戻して息を整えると無言のうちに司令部へと引き返していった。







アトガキ
日本がロシアを主敵と見なしたのはいつごろかという問いは答えるにはなかなか難しいのですが、1806年のフヴォストフ事件以降の北方でのロシアの暴虐の数々に江戸政府がビキビキしてたのは確か。
開国要求ラッシュが来たときにロシア使節はアメリカよりも紳士的な態度で来たのですが「露助なんぞ信用できNEEEEEE!!!」と却下されたんだとか。日ごろの行いが悪すぎたwwwww
騎兵隊の大酒のみは無論あの兄ちゃんですが、ここで!?な場面で撤退しちゃうのがロシアの総大将。撤退癖がついてたとか言われてますが陸軍で撤退癖て最悪すぎるだろww

「貴公の首は柱に〜」は麻薬ゲームCiv4の宣戦布告文句ですね。このゲーム面白すぎて困る。
誰か私と一緒にCivilization4脱初心者やってみないかい!? 時間泥棒さんとお友達になっちゃうけどね!ww