「俺も、反対だから」
 小さく呟いただけだったのに、全員の耳に行き渡ったらしい。
 一瞬にして訪れた静寂とともに、アメリカの顔が歪んだのが見えた。



 断罪の正義



 極東国際軍事裁判。
 長かった世界大戦が終わり、東京で行われた敗戦国日本を裁くための裁判。
 いや、「裁判」と名乗るのもおこがましいような政治ショウだった。
 内容は先に行われたドイツを裁くニュルンベルグ裁判に沿ったもので形式は西洋の裁判に沿った。
 判事は11人。
 連合国5カ国にオランダ、ニュージーランド、フィリピン、オーストラリア、カナダ、インド。
 裁判の進行はグダグダで、途中フィリピン、インドを緊急に判事に追加するわ裁判長のオーストラリアは裁判途中に関わらずいきなり自国に帰るわ。フランスは嫌気が背中のほうからさしてくるのをひしひしと感じながら判事席に座っていた。
 そして長かった裁判は終わり、あとは判決を言い渡すのみとなっていた。
 日本に痛い目に合わされたアメリカ・イギリスは当然やる気だしロシア・中国も自分を正当化するのに必死だ。
 テーブル中央にはデン、とバカに分厚い書類が鎮座している。
 つい先ほど、インドが置いていった千二百ページにも及ぶ判決書だった。内容は簡単にいえば「国際法上、日本は無罪である」の一点だ。
 アメリカにはインドの思考が理解できないらしくうんうん唸りながら首を捻っているしイギリスは苦い顔で分厚い判決書を眺めている。
 「ダメだ。誰かこの古代文書を解説しておくれよ。何で日本が無罪になるんだい?」
 悪いことをしたら、罪があって当然だろ? とコーヒーを啜りながらアメリカが渋い顔をする。
 答えられる人間はいない。フランスはどこか冷めた気分で黙した連合国を見ていた。
 アメリカ以外は理解できているのだろう。インドの言っていることは法律で照らし合わせれば道理だと。

 「俺も、反対だから」
 小さく呟いただけだったのに、全員の耳に行き渡ったらしい。
 一瞬にして訪れた静寂とともに、アメリカの顔が歪んだのが見えた。
 「どういう意味だ?」
 イギリスが片眉を上げてバカにしたように、しかし確かに怒りの矛先を突きつけながら睨んでくる。
 「インドみてぇに強硬なこと言うワケじゃねぇがな。少なくともお前らこっから先法律って言葉は口にすんなよ」
 「ん? 『法律』って単語言っちゃダメなのかい?」
 空気読め。
 皮肉でも何でもなく本気でワケがわからないらしいアメリカが首を傾げている。
 「イギリス。お前不味い料理教えてる暇あったら空気の読み方教えりゃ良かったのに」
 「ああ。料理は別としてすごくそう思ってる」
 だから何がだい! とアメリカがテーブルの向こうで喚いている。無視する。
 「とりあえずフランス君の意見をきっちり聞こうよ」
 ロシアが人の良い笑顔を浮かべながらアメリカを宥める。現在アメリカとどんどん仲悪くなっているのに冷静なものだとフランスは感心した。
 アメリカも腑に落ちない表情をしていたが何とか黙った。中国は、初めから終わりまでずっと黙り込んでいる。
 「じゃぁ言わせてもらうがな」
 一度言葉をきって部屋を見渡す。
 こいつらが黙ってるのは久しぶりに見ると何となく思った。
 「欠陥のある手続きで出した判決は不当なもんだ。今回の裁判で俺ら判事は一体全員で何人だ? 少なくとも5人なんてありえねぇよな。判決ってもんは賛否はまぁいいとして判事全員が集まって話し合うのが原則だ」
 「フランス君、これを普通の裁判として見ちゃいけない。 判事は皆普通の人じゃないんだ。予定がなかなか合わないのは仕方がないよ」
 「そうだな。これは『普通の』裁判じゃない。日本を断罪するためだけに存在する、裁判っつーよりもそうだな、茶番劇か」
 「フランス!」
 ダン、と音がして机が揺れる。ティースプーンがカチャカチャと鳴った。
 見ればアメリカが険しい顔でこちらを睨んでいた。当たり前だ。お膳立てした裁判をバカにされて怒っているのだろう。
 「それじゃぁ君は、日本をこのまま放っておけというのかい? パンを盗めば更正させる、人を殺せば監獄にいれる。当たり前のことを君はヤメろと言うのか?」
 「だったらアメリカ。お前は監獄行きの筆頭だ。裁判中でも言われてたな? 原爆を落とす作戦を実行した奴も、その国の名前も国家元首も言えると。ちょっと黙ってろ坊や」
 アメリカが顔を顰めて唇を噛む。
 これは今日だけで相当嫌われそうだ。
 「大体にして何でオーストラリアが裁判長なんだ? あいつニューギニアで日本について捜査してたろ。犯罪捜査の証拠集めした刑事がお前らの国では裁判長すんのか?」
 「お前も日本に同情して擁護派に回るつもりか」
 イギリスが確認するような声で言う。
 「いや? 日本には戦争の責任があると俺だってわかってるさ。だが今回のとうきょ」
 「ニュルンベルグ裁判」
 遮られた言葉に一瞬思考が止まる。
 イギリスがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているのをみて思わず舌打ちが漏れた。
 「俺たちが法律を語る資格がねぇつーんならお前だって今回のことを語る資格はねぇんだよ」
 裏を返せばイギリスもこの裁判の不当性を認めているということではないのか。 
 しかし反駁の言葉が見つからず、口を噤む。
 「日本は有罪でなければならないある」
 初めて開いた中国の口から漏れた言葉は肌寒い空気に溶けていった。

 もうすぐ、冷たい冬がくる。







アトガキ
東京裁判。インドさんが出てたらインドさんで書こうかなと思ってたんですが連合5カ国で唯一反対派だったフランス兄ちゃんで。
もっと冷戦突入ぎみで険悪な露と米かきたかったなぁ。
東京裁判についてはまたかくかもしれません。

最初は仏日になる予定だったと言ったら笑いますか……orz