『お前が思っている以上に日本は強いある』
苦々しく中国が言っていた言葉を思い出した。
ニイタカヤマノボレ 一二〇八
軽快なジャズがラジオから流れてきて、アメリカは目を覚ました。
目、というより頭というべきか。
まだ睡眠を求める胡乱な脳が僅かに実世界に戻ってきただけの状態なのだ。
このまま目を開けて、日光を見れば確実にそのまま覚醒してしまう。
折角の日曜日に勿体無い気がした。
もう少しだけ、もう少し。
睡魔に負けていく脳をラジオから流れる天気予報が素通りした。
それからどれくらいの時間が経っただろう、数時間か、10分だけのことかもしれない。
聞こえてきた爆音にアメリカは覚醒した。
急いで手探って取った眼鏡をかけて窓に駆け寄る。
真珠湾から黒い煙が昇っていく。時折白い水柱をあげて近くの船をぐらぐらと揺らしていた。
「何が……!」
もしや夢じゃないかと疑う自分がいる。
上司に電話を、ああそれじゃぁ意味がない、この場にいない人間にこの場のことを聞くなんてバカバカしい。
ガシガシと頭をかいて窓から真珠湾を見つめていると、ビーという機械的なチャイムがなった。
上官か、迎えだろうか。
そう思いながらもアメリカは念のため枕の下に隠した拳銃をズボンの後に隠した。
ドアを開けると、そこには小柄な東洋人―日本が立っていた。
無表情、というよりは少し顔色が悪い気がする。
まさかこんなところにいきなり日本が来るだなんてアメリカは予想もしていなかった。
しかし、不思議は多かろうと今は非常事態なのだ。彼に構うよりも上官に会うことが最優先だった。
「日本、悪いけど」
一瞬だった。
日本の手にしていた刀が閃き、アメリカの肩を斬りつけた。
紅色の血が勢いよく飛び出し、顔にかかった。鉄臭い。
「っの!」
日本の銀色をした刀が視界の端に見えた。
慌てて腕でガードをとるが、今度はその伸びてきた長槍のような刀に脇を斬り付けられた。痛い痛い痛い。あの細い腕のどこにあんな力があるんだ。
アメリカの返り血に日本の白い軍服がびちゃびちゃと赤く汚れていく。
「何で、何でだ日本! こんな、っ」
「それはこっちのセリフです!」
痛くて気が遠退きそうになるのを抑えながらアメリカが言うと日本がヒステリックに叫んだ。
日本の顔を見る。
眼鏡についた血のせいでよく見えなかったが、斬りつけた側なのに、悲愴な顔をしていた。
「あなたがこんなものを寄越すから! 貴方が私に死ねと仰るから!」
こんなもの、と日本が白い紙をその場に叩きつけた。
うっすらと文字が見える。
「ハル・ノートか……! 日本、違う、俺は君に死んでほしいなんて願ったことはない!」
「私に日露戦争以前の状態に戻れだなんて、できるわけないでしょう!? あっという間に植民地にされます!」
「そうならないように俺が君を守ってやるんだ! 君に武力は似合わない!」
「私はその言葉を信じて開国したんです! ですがすぐに貴方は内戦で引っ込みましたよね、ロシアさんが対馬に来た時あなたは何かしてくれましたか!? ロシアさんがどんどん南進してきた時もあなたは何も言いませんでしたよね!」
半分はもう、涙声になっている。
日本は頭を振って、必死にアメリカを睨みつけた。
「私は力をつけました、貴方に依存するつもりはありません! いえ、アジアの人々が白人種の誰にも頼らなくてすむようになるなら、私はその礎となる!」
「日本!」
日本がぎゅっと刀を握る。ああ、また一撃が来る。
他人事のようにそう思いながらも、アメリカは右手を後へこっそりと動かす。
冷たいグリップに指が当たった。
「貴方のことが……好きだったのに! こんな、こんな」
「っ」
吐き出された言葉にアメリカの動きが止まる。
彼は、自分が、自分が憎いのではないのか。憎くてこんな真似をしているのではないのか。
「日本、俺は君と戦争なんてしたくない」
「私だってしたくありません! 貴方も、イギリスさんも、大好きな人たちにも傷ついて欲しくない!」
「なら!」
「でも! こうしないとあなたは私を、私だけじゃない! アジアの人たちを、大事な国民をダメにしてしまう!」
「落ち着くんだ日本! 君は賢い、話し合えばわかる! 三国同盟さえ解けば君には」
「今までの自分の行動を考えてからそういうセリフは吐いて下さい!」
黒い瞳が真っ直ぐに睨んでくる。
この鴉のように黒い目を、この小さな彼を、守ってあげたかった。
全ての武器を没収してただ自分のものになれば良いと思った。
礼儀正しく、賢明で、どこか世間知らずで、従順で、神秘的な彼の全てが欲しかった。死んで欲しいなんて願うワケがないのに。
「……Jap!」
何故理解してくれない、何故わからない、何故この男はそんな目で自分を見る!
構えられた刀に咄嗟に銃を引き抜くといつのまにか、彼はもう視界の外へ走り去っていた。
『お前が思っている以上に日本は強いある』
苦々しく中国が言っていた言葉を思い出した。
腕から滴る血が生温かい。むっとする血の香りに頭がくらくらとした。
そして同時に、彼が何故最後の一撃を加えなかったか頭の端で思った。
こちらに銃があるとはいえ、確実に腕一本を持っていけた筈なのに。
何かの罠だろうか、そう思うとまた一気に緊張が戻ってきた。
『……Jap!』
彼の言葉が頭から離れない。
彼から憎まれるなんて、覚悟していた。
彼のあんな殺意にギラついた瞳を見るなんて、覚悟していた筈だったのに。
興奮した頭にどくどくと血が巡る。
自分の手を見ると、返り血が掌に黒くこびり付いていた。
耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ! 日本男児は泣くことなど許されない、我慢は得意中の得意だ。
開国する以前に戻りたい、平和だったあの頃、ただただ自分の家で晴耕雨読に従事していたあの頃。
彼にさえ会わなければ良かった、彼に会って全てが狂った。
ばくばくと破裂しそうなぐらい心臓が鼓動している。
「こんなことで……挫けていられない」
大事な国民が生き残るのは道は一つしかない。
今のうちに全力を見せて、早期に和平条約を結ばなければ。
見上げれば、空一杯の青空が嗤っていた。
アトガキ
見る人が見たら多分一瞬でわかっちゃう軍オタネタをさりげなくちりばめて見ました|∀`)
というか、さりげなさすぎてわからんかも。全部わかった人には何か賞ひn(要らん)
初米日がこれかよ! 殺伐サイトですみません。
すれ違いの恋って、萌えますよ、ね!
カプ要素薄すぎたけど!OTL
とりあえず一萬は海軍スキーなので海軍サイドで書きました。
ご本家で真珠湾かかれたらこっそり消そうと思います。何分チキンなもんで。
あとね、マレー沖海戦も書きt(もう黙れ