「日本さん、俺ァね」
仮面を被り頑として素顔を晒さない彼は普段口元を覆っている布を下げ、露見した唇をきゅっと真一文字に結んでいた。
視界確保のために開けられた穴から覗く目は暗く、日本の心情を窺い見透かすようにじっと見つめてくる。
「アンタのこと、世界一愛してんだ」
日本の右手を恭しく掬い取りその手の甲に唇を寄せた。
世界一の自信
「……こちらの方はいかにもそういったキザなことをなさいますね」
平静を装ってみたところで人間とは急には言葉は発せないものらしく、日本の声は十分に掠れていた。
口元は弧を描き、笑っている。何か唐突に予想外の出来事が起こったときつい笑ってしまうのは性分らしい。無論苦笑、の域を脱するものではないのは目の前の相手にも伝わっているのだが。
「キザでも何でもいい。本気ですぜ?」
彼の射抜くような視線は猛禽類を想起させる。平生の彼の飄々とした態度や口調は獣のような本性を隠すためのものではないかとすら思えてしまう。
抜き取れば何の障害もなく抜き取れるであろう右手は固まってしまい動かせられなかった。
後ずさりしようにも後はひやりとしたタイル張りの壁があるだけで退路はない。
「答えを聞きてぇ訳じゃねぇが、逃がすつもりもねぇよ」
ああ、読まれている。
視線を走らせたのが悪かったか、とにかく逃げ道は遮断されたと考えていいだろう。
どうしてこのような進退窮まる状況に追い込まれているのか。これが冗談だとすれば余程性質が悪い。
彼の肩越しに見えるのは対面のこれまたタイルで飾られた壁と、はめ込まれた窓。天井は何かの絵画によって装飾され調度品も豪奢なものだ。
無論遊びに来たわけではないが暇があれば視察という名目の観光も間に挟むつもりであった。
用意された部屋はホテルなどではなく宮殿の一室。あまりの待遇に逆に日本が辟易してしまうほどであった。
夏とはいえどもどうやらここは湿気が少ないようで日差しのあたらないところは涼しい。涼しいというよりはひんやりしている、といった方が適切かもしれない。
だから彼は夏でもこんな肌の露出を一切しない、ある意味禁欲的ともとれるような格好をしていられるのだろうか。
「日本さん」
飛びかけた思考を押し戻すかのように名を呼ばれる。
「愛してる」
「ッ、」
言葉が詰まる。
見つめられて、真剣な声でそんなことを言われたら本気にしてしまうではないか。
浮かべていた笑みすらも維持する正気も保てない。顔に熱が上っていくのがわかった。
「世界でアンタを一番愛してんのは俺だ。その自信はある」
なんと不遜な物言いだろうか。そんなことが頭を過ぎるが声に出そうにも声が出ない。
関節が軋む。
「あの……」
「取り繕った返事が欲しいワケじゃありません。今は黙って聞いて下さるだけで結構です。……ただ、わかってほしいんだぃ」
はぁ、とため息に似た声が漏れる。
相手の言葉を促すワケでもないが曖昧な物言いだと以前誰かに指摘された気がする。
言われたままに黙っていれば、どうやら満足した様子で彼は口角を上げ、もう一度その手にキスを落とす。
「世界一アンタを想ってんのはあのクソ餓鬼じゃねぇ」
俺だ、と念を押すように彼は言う。
日本が目の前の彼を見る。仮面に隠れて表情こそわかりはしないが考えていることがわかる気がした。
すると喉につまっていた酸素がぷっと噴き出る。同時に笑いがこみ上げてきた。
「……おかしいですかい?」
一世一代の告白劇を笑われて不満でないわけがないだろう。彼は口を尖らせて拗ねたように言う。
「スミマセン、つい、可愛らしくて」
左手で口元を覆いながらも肩を揺らせていれば全く意味がない。日本はくつくつと笑いながら彼を見た。
「可愛らしい、ねぇ」
「えぇ、とても可愛らしいじゃありませんか、その"餓鬼"にヤキモチだなんて」
彼の言う餓鬼、というのはきっと餓鬼と呼ぶには相応しくない体躯のあの隣人だろう。
犬猿の仲と呼べるほどに仲が悪く、それでいて本人達は全力で否定するが―二人はどこかしら似通っている。
言動、考え、…互いを嫌いあうところまで。
「トルコさんのそういう子供っぽいところ、とても好感が持てますよ」
「ふン……嫌われてるワケじゃねぇのは喜ばしいんですが」
あんまり嬉しくない。口をへの字に曲げて彼はそう呟き、日本の右手を解放した。
「年上口説くんは、得てして骨が折れるもんだな」
男はそうぼやきながら、ゆっくり身を退いた。
アトガキ
外人のキザさは異常。
その内これ親子パロ設定で書きなおすかもしれません。